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アンサーソング

部屋の整理のために、地元のニトリにプラケースを買いに行った。
時刻は夕方とは言え、まだ日は高く照っており、アスファルトを焼ききらんばかりに熱していた。その様相は殆どファンタジーで、鬼が裏切り者に行う火攻め地獄のそれというか、「夏」なんていう爽やかで甘ったるい響きでこの季節を表してしまうのはどうも的はずれな気がした。

家を出てからマスクを忘れてしまったことに気がついたが、どうせ買うものも決まっているので長居することもないと、途中で引き返したりはしなかった。「財布忘れた、スマホ忘れた」よくある一旦引き戻る理由三銃士にここ1〜2年で新規参入してきた「マスク忘れた」という、あるあるミス。何だか凄い時代になってしまったものだ。

手短に買い物を済ませ、早々に帰路へ着く。
喉が乾いてきて、途中でコンビニへ寄りアイスコーヒーを買った。ガムシロップが無いと飲めなかったコーヒーだが、ここ数年ブラックで飲むようになった。

ふと空を見上げたら、青く澄んだ空の高いところに薄いオレンジと黄色が混じったような光が滲んで、真っ白な雲がずしりと浮かんでいた。その雲の下は灰色に澱んでおり、同じ時刻の同じ方向の空でこんなに見え方が違うのかと、感心に近い気持ちで眺めてしまった。
甘ったるくて何だか走りたくなるような、ずっとここに居たくなるような夏。もう感じる事は無いかとさっきまで思っていたものがすぐそこに(でも届かないところに)あるのを見つけた僕は、なんだか嬉しくなっていた。

同時に、今のこの喜びを誰とも分かち合えない事実に寂しさも感じた。

それでも敢えて誰かに伝えるとしたら、それは3年前の自分に。5年、10年前の自分に。
まだ僕は夏が来たらどうしようもなく駆け出したくなるような、それでいてどこか哀しいような、消えかけのまぼろしを掴みたくなるような、そんな気分になるみたいです。
色々な事が想像と違って、上手くいかないことばかりだけど。僕も皆も変わってしまったけれど。
でも、あの日と同じ夏がちゃんと今も僕の元に訪れては首を絞め上げて去って行きます。

だから、大丈夫。

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