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成蟜の矜持。【舞台キングダム】


「映画やってたな」以外の知識ゼロから始まった予習の日々。宝物がまたひとつ増えました。

2023年2月帝国劇場、舞台『キングダム』の成蟜に焦点を絞った観劇記録。
主軸は鈴木大河さんですが、Wキャストの神里優希さんについても綴っています。


成蟜という人物

秦王、後には始皇帝と呼ばれる嬴政の腹違いの弟。朝廷の二番手勢力を率いる竭丞相と手を組んだ成蟜が反乱を起こし、兄の玉座を奪ったことから物語が始まります。
原作漫画の1~5巻+8巻のエピソードを反映した今回の舞台においては純然たる悪役です。年齢は13歳前後。


鈴木大河さんの成蟜

大河さんの成蟜は、心身ともに未熟で幼く、もはや一周回って無垢。まさしく「バカガキ」です。
歳はそう離れていないのに、すでに王としての威厳に満ちていて人望もある嬴政との対比が最大の見どころだったと思います。

肩を大きく揺らして歩き、有能な近臣を顎で使い、下民には目もくれぬ。すべて彼なりの"王らしい"振る舞いなのでしょうが、その姿は大人の真似事をしているようで。
加えて、大河さんが座る玉座は少し大きく見えたことも印象深いです。
全身を預けて深く座り込んでもところどころに余白があって、誰からも慕われない名ばかりの王の空虚感を醸し出していました。

その幼さが鮮明に表れていたのが、ランカイと信が戦う様子を玉座から眺めているときの満面の笑み。
右側の口角だけを大きく上げて、それはそれは邪悪な笑顔なのですが、どこかに年相応の子供らしい純真さも感じます。矛盾しているけれど、本当にそうとしか言いようがない表現がそこにあったのです。

戦いの末、竭氏が殺されたことで味方を失い、おぼつかない足取りで戦場を彷徨いながら「俺が王だ!」と幾度も叫ぶ姿は子犬のごとき虚弱さ。
強固な意志と覚悟を持ってその場に立っている嬴政の勇ましさを引き立たせる、最悪で最良な悪役ぶりでした。

そして、全編を通じて私がもっとも心震えたのがこの次の場面。
王騎に自身の王としての在り方、展望を問われた嬴政の「中華の唯一王だ」という答えを聞いて力なく崩れ落ちるさまです。

嬴政の望みは、王として自らの手で中華全土を統一すること。
純血な王族として生まれた、”他をうらやまぬ、他を畏れぬ至高の存在”である自分が王位につく、その事実が国家の繁栄に繋がると盲信してきた成蟜のアイデンティティの崩壊を視覚的に伝えています。

このとき成蟜は舞台の最下手にいて、青白い小さな照明ひとつに照らされるのみ。
台詞はもう残っていないし、捕らわれていて身動きもとれないけれど、舞台上にいる成蟜の時間は止まっていませんでした。
もし、どこか一場面だけまた観られるとしたらきっとここを選びます。


余談

わざとらしく肩で風を切ってご登場のカーテンコール。大きく靡く袖や裾のキレの良さ。最高に嫌なやつでしたね。
成蟜は劇中に一切顔を合わせることのない紫夏のお隣に立っていました。他と比べて明るい色味の衣裳が特徴的なこの2人が並ぶとお雛様みたいでかわいい。

こんなことは人生後にも先にもないのでは、と思うほど劇場に通いましたが、中盤を1週間空けてしまったことだけが本当に悔やまれます。
あまり大きくは目立たない一瞬にまで表現を詰め込んで、常により良い形を追求し続けてくれていることを強く実感できた1ヶ月間。
おかげで千穐楽のその日まで毎回毎回驚かされるばかりで、大河さんは子犬よりもよっぽど早く進化していました。


神里優希さんの成蟜

神里さんのご出演回も一度拝見しました。
とにかく華やかで、立ち姿からして大きな存在感がある方だなぁと感じたので、アニメや映画も含めた他キャストとはまったく違う成蟜が観られることを期待して。

間違いなく、もっとも恐ろしい成蟜でした。
傲慢で冷酷。特別な能力を持たず政治にも興味がないけれど、そんな自分こそが王に相応しいと信じてやまない。なぜなら正しく王族の血を引いているから。
ただそれだけなのに、あるはずのない説得力を生んでしまうほどの堂々たる立ち居振る舞いです。

特に刺さったのが、嬴政の率いる軍が王宮に攻め入ってきたと知らされたときの盛大な高笑いと、その後ランカイを呼び出す場面。
2階の最後方まで衝撃が走り抜けるような声量に、躊躇いなど微塵もない振り切った悪辣な表情。
作品全体を通したキーワードである「熱量」が、主人公側だけでなく成蟜の中にも正義として存在することを示してくれていました。

そこからの大詰め、縮こまって這いつくばりながら下手へ逃げていく姿の惨めったらしさと言ったら。あまりに鮮やかなコントラスト。

カーテンコールでも、大河さんは晴れ晴れとした笑顔でいつものサービス精神を遺憾なく発揮されていたのに対し、神里さんは悪役の風格を最後まで崩さず、お手振りはなしでなんだか不敵な笑みを浮かべていらしたのが新鮮に感じました。
このままでは成蟜のイメージが神里さんにまで移ってしまう……と懸念するほどに。

そんな雰囲気ではなさそうで安心しました。


おまけ

初めて帝国劇場で観る舞台がこの作品で良かったなぁと思うばかりです。


この作品に出会わせてくれてありがとう。この場所に連れてきてくれてありがとう。また来る気でいます。

以下、極めて個人的なツボを語る

原作のこの場面が観たかった集

・成蟜と竭氏が結託する流れ

成蟜は周りの大人にそそのかされて反乱を起こしたわけではなく、むしろ竭氏を口説き落としています。
簡単にでもこの場面があったら役の印象ごと大きく変わっただろうなと。

・自分の母の陰口を叩いた下女2人を成蟜が斬り捨てる回想
・王座を我が物とする成蟜を謗った信に対し「王自ら首を落としてやる」とおもむろに剣を取る姿
・大詰め、嬴政に斬りかかるところ

王都奪還編全体を通して、至高の存在であるはずの成蟜が強い感情に突き動かされている様子を示すアイコンが剣。どこか一瞬でいいから舞台でも見たかった。

・ランカイと対面した壁の「何なんだこいつは!!」(←この台詞はあった)に対する「ランカイだよ!」

ただ素直に、成蟜が最高に良い表情をしているので。


ここ好き

大河成蟜が内心でカチンときたとき、具体的には信の「秦の王は政だ!!」の言葉を受けた瞬間に、唇を引っ込めてむっ……としていたところ。幼さが剥き出しになっていてとても好きでした。

私が観た中では1度だけだったし、千穐楽ではやっていなかったので、演技表現というよりは大河さんの癖が一瞬出ていたのでしょうか。

1:04~ むっ……
鈴木大河さんへ 新たな参考資料募集中です。 (5/26 追記)

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10:05〜 むっ……
惜しまれながらも削除されてしまった『クイズ基』中と同じく「わかんない」の顔。

そうと知ったら"本人の癖"で片付けるのはもったいない、深層心理に迫る表現なのかもしれない。成蟜、半年噛み続けてもまだ味がします。 (9/6 追記)

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