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ぜいたくな時間

沢木耕太郎の「深夜特急」、星野道夫の「旅をする木」、妹尾河童の「河童が覗いたインド」、武田百合子の「犬が星見た」……かつて夢中になった旅行記はいくつもあったけれど、そこに最近加わったのが、大竹英洋さんの「そして、ぼくは旅に出た。」。

何の脈絡もなくオオカミの夢を見たことをきっかけに自然写真家ジム・ブランデンバーグという存在を知り、彼に憧れ、ついには弟子にしてもらうために伝もないままに北米への旅を決意する。携帯電話もインターネットもSNSもなかった時代の話。本の中に流れる時間が、なんだかとても懐かしい。

行き先はアメリカとカナダの国境のあたりに広がる「ノーズ・ウッズ」と呼ばれる果てしない森林地帯。そこに点在する無数の小さな湖を、カヌーでつなぐように旅をする。動物たちの営みを目にしながら、大きな自然の中でキャンプしながら、憧れの写真家との出会いを夢見ながら。
これはなんていうぜいたくな時間の使い方だろう。こんな向こう見ずな冒険の旅が、若い頃は、自分だってその気になればいつだってできるんだと思っていた気がする。でも多くの人はそれを実行には移さないし、わたしだってもちろん移さなかった。そしてそんな選択肢があったということも、とっくのとうに忘れてしまって、目の前の「今」を生きて、気がついたら今日がある。

読み終わって、自分の時間までも巻き戻ったかのような、大事なことを思い出したような、しあわせな夢を見た後のような読後感があった。

今年の2月に大竹さんの写真展があり、それを見ることができた。でも本当は、この本を読んでから見るべき写真展だったと思う。展示はコロナのせいで早期に終了してしまったから、もしかしたらもう一度開催されるかも知れない。そうなったらうれしい。その日を心待ちにしている。

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