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相談オプション

「一人お願いします」

「どちら様を」

「婚約者です」

「はいお請けします、この書類の太枠内を記入して七番窓口へお持ち下さい、納付書が出ます、お支払いは二十一番です。はい次の方どうぞ」

「ちょっと待ってください、あのう、少し注文が付くんですが」 

「はい相談オプションですね、この札を持って十四番へどうぞ」


「相談の方、どうぞお掛けになって、何なりとお気軽にお申しつけください」

「一人頼んだんですが、恋人を」

「はいご注文は伺っておりますがご心配なく、ご相談が済む迄は実行待機しておりますので」

「私どもカップルは一点の曇りもない完璧な恋愛状態なんです」

「それは、おめでとうございます」

「それがつまらないんです、何か悩むべき痛手が欲しいんですよ」

「はい、ご用意致します、お好みは」

「不幸のどん底でさめざめと泣いてみたいんです」

「いか様にもお献立致します」

「全幅の信頼をおいている紛う方なき処女である筈の彼女が、何とあろう事かあるまい事か浮気をしている事を偶然知ってしまい悩みたい。それも他の男を何だかいい感じねあの人、と軽くよそ見をしたというんじゃないんです。まるっきり、すっかり出し惜しみなく浮気をしているんですよ。あの娘の為なら私以外の誰の命もいらないくらいだったんです。そんな純粋無垢、未だチェリーの私を出し抜いて、まさか、よもやモロ出しの浮気をしていたなんてあっていい道理がないどころじゃない、なさ過ぎてどんな道理かうっかり忘れてしまうくらいじゃありませんか、あなた事務的な顔してないで何とか言って下さい。いったいどうしてくれるんですか」

「はい、言いましょう。『可愛い顔しをて女性はわからないものですねえ』でどうでしょうか」

「彼女はブスです、他のにして下さい」

「では『一時の気の迷いではないんですか、あるいは何か深い訳でもおありかも知れませんよ』如何です」

「気の迷いですって、一時的だなんて信じられませんよ、ちくしょうあの女め、命を賭けた恋だったのに。そりゃあ私は白っぽいし生っちょろだし、全体的に弱々しいですよ、しかしそんな私を真っさらにとっておいて、にっこり笑って浮気ですか、姦通罪ですよ、わたしを純潔のまま置き去りしておいてのコトなんですから中でも一番重症の第一級姦通罪に違いありませんよね、それもあなた、相手の男というのがですよ、私がこう言うのも気恥ずかしいんですが、素晴らしいんです、一目見たら誰だって口をあけてぽーっとしますよ、まず爽やかな目元、甘すぎず、キツすぎず、優しすぎず、こわすぎず、一秒見つめられてごらんなさい、脇の下や他のいろんな所の下からヒートな液がじんわり滲み出ること請け合いです、からだがまた素敵中の素敵、象牙のような骨に健康そのもののニュージーランド産ラムのガットを使ったスジを巡らせ、そこへパツンパツンの筋肉を纏っているんですよ、涎が出るほど逞しいったら私と比べるなんてばかばかしくて笑っちゃいますよ、肌なんかちょっと浅黒くって吸い付くような艶消し、ほんのり甘酸っぱい香なんだからあなただって堪んないでしょう、どうです私の女の間男ってものは、疑ぐるんでしたら一度会ってみては如何ですか、そうだあなた奥様がおありですか、ある、では止しておいた方がいい、家へ帰るのが嫌になります、何だあのうちに住みついてるヒトもどきばばあは、という事になりますよ、悪いことは言いません、およしなさい、やめるのも勇気ですよ」

「ご親切なお気遣いをありがとうございます、それではどうでしょう、間男さんから処分致しましょうか、それが順でしょう」

「あなた何を聞いているんですか、そんな男いる筈ないじゃありませんか、彼女は正真正銘の処女です。生まれた時からずっとです、私が見張っていたので間違いありません、彼女はどんな勧誘にも絶対に負けません、たとえ受胎告知の書留が届いたとしても言下に出産を拒否します、すぐに婦人科へ駆けつけ堕胎の緊急要請を申し渡します、いいですか、私の婚約者はマリ子なんて浮ついた尼さん気取りとはデキが違うんです、あたい処女よなんて清らかぶったところでクリスの坊主を処女膜ビリビリ破ってひり出したんでしょ、まずそれにしたって怪しいもんです、膜なんかとっくに無かったんじゃないですかね、クリ坊の奴とんでもない空言語りのくせに弟子の助平ユダに、ねえねえ親分ホントはどうなのさ、と問い詰められると話しの歯切れが悪いじゃないですか、きっと出てくる時に跡形もないのを確認してますよ、何れにしても汚い親子だ、あれっ、ちょっと待って下さい、堕胎するとですね、処女膜というものは取れてしまいますか、そりゃそうですよね、さあ困った」

「受胎告知が届いたんですか」

「いい加減にして下さい、そんな通知くる訳ないでしょう、私は一点瑕疵の無い恋人に幸せ過ぎてうんざりし、神に対し不義理を働く心根になったのですよ」

「ほう、どちらなの神様ですか」

「あなた少し煩いですよ、そんなものいやしません、わかり易いように言葉の流れで言うんです、そこで私は神からの賜りもの、ご慈悲に己の快楽を優先させたんです、ここではどす黒い疑いの気持ち、妄想ですよ、少しでも疑惑の発端になるような素振りがあればいいんですが、彼女は完璧なので仕方が無い、その仕事は一手に自力自作の幻惑に丸投げする事にしたんです。もう一度説明しますが、私はこの不貞に悩み苦しみ抜いていますが飽き足らない、とことん不幸の極みまで落ちずには気が済まない欲深な性の命令に従うのです、本来は女敵共々予後不良、殺処分でいいんですが、間男は脳の錯誤部悋気科にしかいません、その辺は私冷静ですから、警察やヤクザに頼んで捜させるなんてトン馬なまねはしません、ちゃんとここへ来て正式な手続きを踏み、恋人の処分をお願いしたんじゃないですか、何か問題でもおありですか、とても簡単な話しですよ、私はただ自分の思い込みから神からの賜り物である最愛の人を、事もあろうに保健所に申し込み、衛生班に射殺させてしまってから我に返り絶望したい、ただそれだけなんです」

「わかりました、射殺ですね」

「ライフルでお願いします。一発で決めて頂きたい、ジャン・ジュネみたいに脳髄が飛び散る感じで」

「ああ、ジョン・ケネ式の事ですね。分かりました」

「明日の昼過ぎ隅田公園でデートしています、牛嶋神社のある墨田側です、浮浪者風情のホモ野郎が集うあそこです。池の前のベンチに腰掛けたところを間髪なしにお願いします。生ゴミ臭のお化けオカマに試し撃ちはしないように、彼女が驚きますから。私キャーッと叫びますから、スナイパーの方に、コンプリーティッ、とか、パーフェッ、または、アガッティ、とすかした感じで呟いてもらいます、いいですか、ではさようなら」 


 明けて当日、保健所射殺課ライフル係の隅田公園担当狙撃手宅で娘の売春騒動、激しい出入りがありスナイパー無断欠勤。宿酔いの課長、迎え酒をあおりながら、元巡査部長の新入り老人アルバイトを代撃ちに指名。ガンマニアの老いぼれ興奮し、ライフルは初めてだったが、見事一発で依頼人の頭を飛び散らせ、夢遊散歩者、淫行中の男色連、その他イカモノ達は新鮮な〆たてほやほやの生脳髄を浴び、突然の出し物に、イヤッホーイ、と叫ぶオタンコ茄子もいた。じいさんキメの台詞は云い忘れたが、注文主の耳も口も頭ごと無いので文句は出ない。恋人ちょっと驚き、すぐにぷっとあきれて、人目もあるので涙は急に用意出来なかったが、ワーッ、っとうそ泣きし、あれえ、あたくしどういたしましょう、と叫びながら、時分時の事、豚カツ屋へ急行した。おじさん、脂だらけのとこをお願いねと、どロースをどっさりテカテカになるまで詰め込み、店を出たところを運良く町内の厄介者三名に見られた。見ろい、あのあま、一人で豚カツ屋から出て来やがった、太てえ女だ、かまうこたねえ犯っちまえっ、てんで保健所から予約を受けていた警察の現場検証中にも拘わらず、公園の小陰で、ラード臭せえ女は燃えるなあ、などと言いつつ、三人三回転廻すと、ごっつあん、あばよ、と元気よく挨拶し、それぞれ口笛や鼻歌で気分さっぱりと呑み屋へ、博奕場へと向かう。


 元恋人は腕っこきの男達をうっとりと見送った。

「間がいい事ってあるものね、脂身をアソコが臭うほど食べちゃって、ちょうど手籠めにされたかったところ、正直に生きていれば、ちゃんと神様が見ていてくれるんだわ」                                    

おわり

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