公共交通機関で行く北海道限界旅行記2日目/4泊4日

【2日目:2020年8月2日(日)】

朝8時、羽幌港から出る高速船に乗り込んで鞄を漁ったとき、はじめて酔い止めを家に忘れてきたことに気がついた。私は必ずしも乗り物に強い方ではなく、特に車と船では酔った経験が多くある。船は大きなフェリーであれば重心が安定しているためか揺れも少ないのであまり酔ったことはないが、身軽で快速に飛ばす高速船となると波に乗って落ちてを繰り返すため非常に胃に負担がかかる。4年前に沖縄の波照間島に渡ったときがその最たるもので、青い顔をしながらビニール袋を抱え続けたあの40分間は、私が最も生きた心地がしなかった時間の1つである。その悪夢が頭をよぎり冷や汗をかいたものの、なんとか1時間耐えて天売島に上陸し得た。沖縄と比べてまだ波が低かったのが幸いしたかと思われる。

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天売島は1周約10km、ウニと海鳥の島である。4月から7月にかけては数十万羽のウトウが繁殖のために島を訪れるほか、オロロンラインの名前の元ともなったウミガラスー通称オロロン鳥ーの繁殖地としても知られる。海鳥が集まるのは港に対して島の反対側であり約5kmほどあるので自転車を借りようと思っていると、なんと新型コロナの影響で今年度は自転車も車も貸さないのだという。10時半から有料のガイドツアーがあり車で島を一周できるようだが、まだ1時間以上時間があってもったいないし、往復10km程度なら歩けない距離ではないので歩くことにした。

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天売島の人口は約300人であり、集落は島の東側に固まっている。ものの30分も歩くと民家が途切れるのだが、そのあたりからやたら道路に白いものが目立つようになる。どうやら海鳥の排泄物らしい。数十万羽分の排泄物ともなるとすごいもので、道路が黒白のまだら模様のようになってしまっていた。しかし海鳥の姿は少なく、時折ウミネコを見かけるぐらいである。展望台に大きな撮影機材を構えていたバードウォッチャーのおっさんに尋ねてみたところ、どうやらウトウの繁殖シーズンは7月でだいたい終わってしまったらしい。では彼らは何を撮っているのかと聞くと、狙いはハヤブサだという。

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気を取り直して港への帰り道を歩く。島は高木が少なく、丘を巻く道は非常に見晴らしが良い。海の向こうにはたった4kmしか離れていない焼尻島が見える。炎天下の行軍は疲れるが、これもこの後のご飯を美味しく食べるためである。

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今日は羽幌から出る時点でフェリーの職員から焼尻島の飲食店が全て休みであることを知らされていたから、既に羊が食べられないことは確定している。しかしまだウニがある。そもそも今回の北海道旅行の当初の第一目的地はウニで知られる積丹半島の神威岬であり、その目的は言うまでもなくウニをいただくためであった。それが紆余曲折を経て今のルートに変わったのだが、その理由の1つが「天売島でウニが食べられるなら積丹には行かなくても良い」であった。であるからしてここでウニを食べることは今回の北海道旅行の最大の目的と言っても過言ではない。その意気で歩き続けてきたのだが、港に戻ってみるとどうも雲行きが怪しい。

天売島でウニを出すとされる店は私の調べでは少なくとも2店あったのだが、そのうち1店は休みであった。心配になって残る1店に電話を掛けてみたところ、やっているという。胸を撫で下ろしてそちらに向かったのだが、店に入ってみるとウニは品切れだというではないか。開店が11時で現在の時刻は12時20分。コミケでいえば大手サークルのグッズ並の売り切れの早さである。自分の見通しの甘さを嘆くものの、焼尻の店がどこもやっていない以上ここで昼食をとっておかねば飢えかねないため、地物の赤ガレイの天丼を注文して泣く泣く撤退する他なかった。

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気を取り直して高速船で焼尻島へ。こちらの貸自転車屋は営業しているので一台借りる。焼尻島で下船した面子の中に、先程天売島を一周している際にすれ違った顔をいくつか見かけた。自転車屋の婆さんとの会話を聞く限り、私と同様日帰りで天売と焼尻の二島を巡る計画らしい。鉄道旅行、特にローカル線巡りをしていると、こういう邂逅は珍しくない。なにせ1日の便数が少ないから組めるルートが限られるのである。それだけに、同業者を見かけないときはさらに良いルートがあったのではないかと不安になるし、逆に長距離の徒歩連絡など絶対に被らない自信があるルートで被ったりすると、がっかりすると同時に相手への興味が湧く。

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焼尻島は羊とイチイの原生林の島で、島の中ほどに遊歩道の整備された小規模な原生林が残っている。

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それを抜けると牧場があり、顔の黒いサフォーク種の羊が草を食んでいるところが眺められる。

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サフォークの顔が黒いのは他の羊と異なり頭部が毛で覆われていないためであるが、眺めてみると牛と犬を足して2で割ったような顔つきをしている。焼尻島は元々北海道の日本海沿岸の集落のご多分に漏れずニシン等の漁で生計を立てていたが、ニシンが不漁となって以来、新たな島の産業を興すためにサフォークの飼育に踏み切ったらしい。主に羊肉を得るために飼育される種であるらしく、羊特有の臭みがなく非常に美味である、と観光ガイドには記載されていた。私はどちらかというと魚介よりも肉が好物で、北海道といえば海鮮よりもジンギスカンを期待してしまうような人間であるから、獲物にありつけなかったショックでいえばどちらかというとウニよりもこちらの方が大きい。島の西側に出て先程までいた天売島を一望し、坂を駆け下って港へ戻る。途中郷土資料館に立ち寄ったり島猫と戯れたりしながら時間を潰し、16時20分発の羽幌行き最終便に乗り込み、17時20分羽幌港着。帰りは高速船ではなく中型のフェリーであったので、揺れも少なかった。

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羽幌は夕陽のきれいな街であった。しかし、島で食べ損ねたウニと羊を羽幌の繁華街で探し回ったあげく力尽きた私には、夕日の方角、すなわち天売と焼尻の島々の方を恨めしげに眺めることしかできなかった。後ろ髪を引かれるようにして19時42分発の留萌行きのバスに乗り込み、その晩は留萌に泊まった。

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