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秘境

 新宿にはグーグルが撮影出来ないようなヤバい一角がある。まだ百人町に屋台村があった頃、若くて好奇心旺盛のくせに偏見の塊だった俺はその一角にあるバーによく飲みに行ったものだ。

 そこはまさに掃き溜めで、今よりもっと肩身の狭いセクシャルマイノリティ達や、立ちんぼ、不法滞在の外国人、やくざ、そして何を生業にしているかわからない怪しい人間の集まる場所だった。そこにいるのは本当に人間だけかと問われたら自信がなくなるくらい不気味な空気が充満しているような場所。「自分がどれほど存在価値が無いか」という存在理由がないと居られないような聖域だった……。

 俺はそこへ向かった。花園神社を抜けて風林会館の前を突っ切る。途中で男同士のカップルの脇を通った。露出度の高い服を着た金髪の外国人が電柱の横に立ってこっちを見ている。俺は顔をしかめていつもの一角の、例の店を求めて足を進めていた。熱帯夜のはずなのに不思議と全く暑さを感じなかった。

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「アマゾンの秘境に行って未知の草花や昆虫、動物や細菌を捕獲、収穫してくる学者のようなもの」

 自己の仕事に対するスタンスを恰好つけて説明していたが、当時の俺の仕事は、普通の人があまり行かないような場所に足を踏み入れ、そこに生息している「言葉」を捕まえる事だった。
 
 例えば、ツチノコを一生かけて探している男の講演会で、関東一円を仕切っている暴走族の集会で、後に大事件を起こした宗教団体の修行の現場で、借金返済のために実弾の入った拳銃でロシアンルーレットをする男の側で。

 そこに生息している「言葉」達はみな簡単に捕まえさせてくれた。その地に行くまでに結構な手続きが必要だったが、辿り着いてしまえば、「言葉」達の方から捕まってくれた。ぶら下げている虫籠に珍しいトンボや蝶々、あるいは蛾の方からどんどん飛び込んで来てくれるようなものだった。

 捕まえた「言葉」達は一定数の人間に喜ばれる嗜好品となった。仕事も加速度的に忙しくなり生活がみるみる潤って行った。

 油断。先にも言った通り、危険な場所に行くにはそれなりの手続きが必要なのだが、その仕事ではそれが上手く行かなかった。裏ビデオで大儲けした男に会って話を聞いた帰り、新宿御苑の脇のひと気がない道で目の前に誰かが現れたと思った瞬間、下腹部に熱を感じた。何かが刺さったと思った……。


 目覚めるとまだ新宿御苑のあの道にいた。ほっとして起き上がると少し頭痛がした。一杯やりたい気分だった。俺はそこ・・へ向かった。花園神社を抜けて風林会館の前を突っ切る。途中で男同士のカップルの脇を通った。露出度の高い服を着た金髪の外国人が電柱の横に立っていた。熱帯夜なのに暑さを全く感じなかった。

 店の中に入ると、いつものように店員が気の無い様子で働いている。いつも通り俺が入って来たことにも気づかないのだろう。ここは相変わらず怪しい場所だ。本当に人間だけかと問われても自信がなくなるくらい不気味な空気が充満していた。

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これは約3年前にnoteに書いたもののリライト再掲載です。
過去記事を掘り起こすのもいいかなと思いまして、
再掲載してみました。
(新しく書く気力がないのが本音ですが(笑))

今年最後の投稿がこれかーい!
と自分の左肩にツッコミました。

二度と会えない人に会いたくてたまらない年になりました。

皆様、お身体ご自愛ください。
そして良いお年をお迎えください^^

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