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帝国データバンク情報部 「あの会社はこうして潰れた」

本書は企業の信用調査を行う最大手帝国データバンクに所属する調査員が、企業倒産の経緯をレポートしたものである。本書で紹介されているのは業績の悪化のような単純なものから、二代目経営者の乱脈経営、財テクの失敗、詐欺まがいの取引に巻き込まれる/当事者になるなど、様々な形で会社が潰れる過程を記録している。

本書で紹介されていた倒産例のうち、興味深いいくつかをご紹介したい。

婦人バッグ輸入卸売業者

中国の協力工場からバッグを輸入し、日本の小売店へ卸すビジネスモデルの会社だったが、円安によって輸入コストが増加、採算が合わなくなってしまう。

と、ここまでなら通常の破綻として認識されるが、この会社が決定的にだめになったのはその前に円高に振れたからだという。

からくりはこうだ。卸売業者は円安で仕入れコストが増加するのに備えて、為替デリバティブを購入していた。つまり円安になっても、仕入れコストの増加分をデリバティブの利益で解消する仕組みだった。

ところがリーマンショック以後、急激な円高に振れてしまったので本業とは無関係に、為替デリバティブで巨額の損失が出てしまった。そうこうしているうちにアベノミクスで円安に振れ、今度は本業の仕入れが駄目になった。「円高に泣き、円安にとどめを刺された」ことになる。

本来、本業のリスクヘッジとなるべきデリバティブが逆に本業を潰す皮肉な結果となったわけだ。

急成長電力ベンチャーの思わぬ失敗

電力事業を手掛ける日本ロジテックは11年3月期の売上が1億円程度だったが、東日本大震災の原発事故以降、電気料金値上げを追い風に急成長、15年3月期に売上556億円と640倍に達した。

しかし予想を超えた成長に思いがけない落とし穴があった。電力供給が追いつかなくなったのである。自前の発電設備を作ろうとしたが、諸事情でこれに失敗。日本卸電力取引所から買い付けて対応したが、これが資金繰りを悪化させることになった。

さらにインバランスペナルティーが追い打ちをかける。

インバランスペナルティーとはなにか。国の変動範囲内(外)発電料金制度によって、新電力の事業会社は30分間同じ量の電力を供給できなかった場合、代わりに電力会社が不足分を供給することが定められている。安定供給が狙いで、不足分が3%までならば変動範囲内発電料金として比較的安い料金で収まる。しかし、3%を超えると最大4倍近い料金を払う必要があり、インバランスペナルティーと呼ばれる。日本ロジテックの場合、ずさんな電力供給計画のために、破綻直前のインバランスペナルティーが26億円にまで膨らんでいたようだ。

結局日本ロジテックは銀行借入れ31億円、電力会社への未払い71億円など総額163億円の負債を抱えて倒産する。

似たような事例で脱毛大手のミュゼプラチナムも紹介されている。ミュゼは広告宣伝で脱毛業界で急成長を果たしたが、予約がとりづらくなってしまいサービス品質が低下、解約が増加して資金繰りが難しくなった。

この2つの事例から言えるのは、急成長といえば聞こえは良いが身の丈を超えた急成長は毒にもなるし、そもそも価格を安くしすぎた急成長は持続性がないということだろう。

財テクに溺れたエドウィン

2012年、ジーンズのメーカー「エドウィン」は借入金690億円の返済が滞る事態に陥る。これほどの巨額債務を作ったのは、本業とは無関係なドル・円の為替取引だった。先に紹介した卸売業者と同じだ。

実はエドウインの場合、損失発覚直後の12年では300億円を超える損失があったが、皮肉にもアベノミクス効果で円安・ドル高に振れたことから、ほとんどの含み損が解消したという。

先の業者との違いは、これは本業のリスクヘッジを超えてただ単に投機的な取引を連日のように繰り返していた点にある。2代目社長はワシントン大学で金融工学を学び、海外に金融マーケット関係者の知人も多かった。それが良からぬ自信をつけさせ、野放図な金融取引に走るきっかけとなった。

さらに社長がそのような独断専行のギャンブルに走ったのは、株主総会・取締役会が開催されていないなどガバナンスが欠落していたのが原因だ。経営陣が独断で財テクを行う場合、儲かっても秘密にするが損を出したら一層ひた隠しにする傾向にあり、発覚が遅れることが多いという。

また、信用調査マンの目から見て、エドウインには資産規模の観点でも問題があった。

グループ売上高500億円、総資産700億円の規模にまで成長していたが、身の丈とも言える純資産は40億円程度しかなかった。適合性という視点で見れば、巨額のディーリングを行うには、不釣り合いな会社規模だった。

カツオ11トンだまし取った詐欺業者X

本書では通常の倒産とは異なる、いわゆる計画倒産についても振れられている。興味深かったのは水産加工品メーカーからカツオ11トンを仕入れた卸売業者の倒産の例だ。

この卸売業者はもともとは産業廃棄物処理事業を行う、なんら水産と関係ない業態の会社だったが、社名を変えて役員が全員退任していた。つまり実態のない会社で、詐欺目的の箱だった。

言葉巧みに仕入先と関係を作り、適度なタイミングで大口取引を持ちかける。典型的な取り込み詐欺で、通称パクリ屋と呼ばれる。

ターゲット企業に電話やメールでコンタクトを鳥、サンプルがほしいといって商談を打診する。商品は日持ちする冷凍食品や食肉、水産品、パソコン、ブランド品などが狙われる。一定程度信頼を獲得するために少額の現金取引を数ヶ月続ける。そしてタイミングを見て取り込み詐欺を実施する。

年末年始、大型連休、年度末などの直前に動きを活発化させるのもパクリ屋の特徴の1つ。決算直前やシーズンの節目に売上実績がほしい企業にとって、新たな取引先からの大口受注は干天の慈雨に思えてしまう。これを逆手に取った上、長期の休暇を挟めば、逃亡や証拠隠滅の時間を稼げるのが、その理由だ。

本書の教訓

本書は書籍の性質上、特殊な倒産事例が多い。倒産を債務不履行と定義するなら、最も多いのは本業の業績低迷による資金繰り悪化だろう。したがって本書で語られる倒産事例を倒産の代表例として備えるのはやや不適切な気もするが、身の丈を超えた取引、ガバナンスの欠如、本業と無関係な事業、経理を完全に他人任せにしていたなど、失敗に共通する点も多い。為替変動のような外的要因だけで倒産するのは少なく、それに対応できない内的要因があったときに企業は立ち行かなくなるのである。

本書の裏の教訓

帝国データバンクは独自の情報網により、手形が出回ったり企業の黒い噂話を仕入れている。「倒産の噂話を耳にしたアパレルショップに出向き店長に話を聞いたが、店長は全く知らない様子。しかし数日後、店が改装中になり再開されることはなかった」など、耳の早さには舌を巻く。

支払いを遅延したりすれば帝国データバンクが察知しかねないので、どこで誰に見られているか心して経営しないといけない。


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