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本屋発注百景vol.8 往来堂書店

文脈棚発祥の店

本連載の2回目で今野書店を取り上げた。「筆者にとっての街の本屋のひとつの究極のかたち」と表現した西荻窪の名店であるが、今回訪ねたのは往来堂書店。筆者にとっての独立書店の原点である。

本連載をご覧になっている業界諸氏にとっては常識かもしれないが、往来堂書店は文脈棚※という言葉をつくった店なのである。筆者が本屋という仕事のことをおもしろいとはじめて思い、本屋ライターとしての活動をはじめたきっかけとなった店でもある。

※前述の今野書店をはじめ意志ある書店員がつくってきた棚づくりの手法。既存のジャンルではなく隣り合った本の内容や著者などの緩やかなつながりを棚で表現している。

千代田線千駄木駅より団子坂口を出て不忍通りを右にまっすぐ5分ほど進むと左手に見えてくる。小さな街の本屋といった風情の店が往来堂書店だ。1996年の創業時、売上がもっとも高かったという女性誌をあえて店内奥に引っ込め、書籍を手前の見つけやすいスペースに持ってきたというのも特徴のひとつである。

中央にレジがあり、店内を見渡せるレイアウトになっている。レジの後ろの壁にオリジナルグッズのトートバックやTシャツが展開されている。

入り口すぐから始まる単行本・新書・文庫のサイズをあえてまとめずに作られた棚を順に見ていくと食・酒、岩波文庫、小説、人文書、ビジネス書などが、いま書いた分かりやすいジャンルでなく独自の意味の連なりで並べられており、目が離せない。レジが中央で目の前が経済誌やカルチャー誌、レジの向こう側に絵本やコミック、女性誌、アートといった形だ。

本当は一冊一冊の並びを細かく取り上げていかないと往来堂書店の魅力は伝わらないとは思うのだが、それだと長くなり過ぎるので割愛する。ぜひ直接訪ねてみて欲しい。

話を聞いたのはオーナーの笈入(おいり)建志さん。2代目店長として2000年から、往来堂書店をずっと運営してきた方である。名店の発注はどのように行われているのか。聞いてみた。

書店名 往来堂書店
創業 1996年
店舗面積 20坪 66㎡ 
住所  〒113-0022 東京都文京区千駄木2-47-11
最寄り駅 千代田線 千駄木駅 徒歩5分
定休日 なし(年末年始を除く)
営業時間 月~土 10時~20時
     日・祝 11時~19時
HP https://ohraido.com/

往来堂書店外観

その本はいつ入荷するのか。


―――朝はやっぱり掃除からですか?

笈入 そうですね。9時ごろには来て、夜のうちに配送されているダンボール箱を開けていきます。雑誌の箱を開けつつ定期購読のお客さんにお渡しする本を準備します。そうして、中にしまっていた什器を外に出してから掃除ですね。書籍の荷開けはお客さんの数によって変わりますが午後までかかることもあります。

―――お客さんはいつ頃が多いんですか?

笈入 万遍なくいらっしゃいますが午前中と16時くらいから後が多いですね。

―――荷開けのあとはどうでしょうか?

笈入 13時前後に30分くらいで昼ごはんを食べます。そこから夕方までは裏の事務所で発注や打合せをしています。FAXや郵便で来ていた新刊案内で必要な本を返します。版元指定で注文できない場合は取次(日販)にFAXを送ります。

棚にジャンル表記はなく、文脈棚と呼ばれる独自の意味づけで並べられており、目が離せない。

―――補充分はどうですか?

笈入 必要なものと、思いついた関連書をNOCS7で検索・発注しています。

※日販が2023年9月より提供するNOCS7の次世代発注プラットフォーム。日販取引口座を持つ書店はweb上で登録するだけで利用が可能。

―――NOCS0※は使われないんですか?

笈入 検索一覧が使いにくいので現状はあまり使ってませんね。何巻も巻数がある本を検索する時に、ズラッと並べて表示してくれたら良いのですが、NOCS0だと一冊ずつしか表示されないので。

ですが、NOCS7は検索・発注のほかに定期改正※のときしか使用していないので、無料であることを考えるとNOCS0に変えても良いかもしれないと考えています。

※全集や雑誌などの定期的に発売される商品について次回の配本数を調整するためのもの。主に定期購読者の増減の際に使用。

この出版社がすごい!コーナー。ひとつの出版社の単行本を一挙に手に取れるのは貴重。


―――在庫管理は別なんですね。

笈入 NET21※専用のサービス(ブックソリューション)があるのでそちらを使っていますが、客注や問合せのときはNOCS7を見ています。

※全国各地の中小書店が加盟する有限会社。POSデータの配信を第一義として、売れ筋書籍の仕入れ交渉などを行う。

というのも、ブックソリューションでは版元在庫は分かるのですが日販がデータ連携しないため、王子倉庫※の在庫が見られないんですね。

※日販王子流通センター。2023年2月20日から稼働。取次の倉庫にあればそのまま出荷すれば良いので、書店にとっては版元の倉庫にあるよりも入荷が早くなる。

近頃はいつ入荷するかを気にするお客さん(特に若い方)が多いので、そこは気をつけます。

注文した本の入荷時期を気にするお客様が多いそう。「速攻で」の文字に本屋の矜持を感じる。

―――となると、品切れや注文受付中、重版についてはかなり気にされるのでは?

笈入 そうですね。例えば、NOCS7で調べて「品切中」や「注文受付中」と表示されているということは出版社が重版を予定しているかもしれないということです。重版待ちの状態ですね。

もちろんNOCS7でも注文しますが、いつ重版されるか分からず入荷日も不明です。その際はいつ出庫して入荷できるかを直接電話して確認します。そのときに「調整あるかもしれません」と言われて満数入れられないことが分かってもあらかじめ知っていればお客さんにもお話できますし、入荷まで時間がかかるなら神田村※まで仕入れに行くこともできますから。

※専門性の高い取次会社が数多く集まっている出版販売会社の団体。場所が神田神保町に集中していることから出版業界では通称「神田村」と呼ばれる。

―――夕方以降の仕事はどうですか?

笈入 レジでお客さんの対応と売り場の整理で終わりますね。平日と土曜日は20時まで、日曜祝日は19時まで開けています。

往来堂書店 笈入さんの一日 ※平日・土曜の場合
9:00頃 お店に来る
    荷分け
    掃除
10:00 開店
     レジ、接客、品出し
13:00頃 お昼ごはん(手作りのおにぎり)
13:30~ 事務所で新刊チェック、発注、打合せ
17:00~ レジ、接客、品出し
20:00 
閉店

文脈棚発祥の店で聞く 「発注、どうしてる?」

往来堂の棚には、本のサイズ、著者・出版社の区分はない。入荷した本をどこに並べるのか、イメージしてから発注しているのだろう。品出しは非常に重要な仕事。

―――発注について先程のお話ではNOCS7でのものが多いと聞きましたがほかにも使っているサービスはありますか?

笈入 BookCellarはもちろんですが、s-book.netや、Webまるこ、WINB、DeA BOOKS NET、Bookインタラクティブ、WebHotLineなど各出版社の独自サービス※はだいたい使っていますね。

※vol.2 今野書店でも紹介。各版元共同受注サイトについてはこちらが詳しい https://www.bunkanews.jp/article/244205/

―――それだけ多いと大変じゃないですか?

笈入 そんなに手間じゃないですよ。

BookCellarでは単品だけでなく、フェアの発注も可能。季節やテーマに沿ったフェアの提案が掲載されている。

―――新刊情報についてはFAXや郵便から得ているとおっしゃっていましたがBooksPROは使われないんですか?

笈入 使おうとはしていますが忙しくて対応できていない状況です。例えば、日曜日にまとめて1ヶ月後発売の本を調べるなど、本当はルーティン化したいんですけどね。1ヶ月後の発売情報といえばFAXで知ることが多いですね。あとは出版社から送られてくるDMやメールのこともあります。いまは配本に頼っていれば新刊情報が分かる状況ではないので助かっています。

BookCellarも1ヶ月の発売情報を出版社ごとでアップすると良いかもしれませんよ?

BookCellarで発注した『書評でふるかえるフェア2023』。パネル等拡材も出版社から提供される。

―――実は「新刊・近刊予約ページ」というものがつい先日できまして……。

笈入 (アクセスして)これは便利ですね。出版社ごとやジャンルごとで見られたら嬉しいです。今後使ってみます。

実は、BookCellarについてはトランスビュー取引代行の本を頼む時に使うのがほとんとで主に「■今週でた本 □来週でる本」を見て発注しています。あとは青幻舎や書肆侃侃房も発注しますね。そういえば『書評でふりかえるフェア2023』も発注しました。

トランスビュー取引代行を利用する出版社の「■今週でた本 □来週でる本」。毎週金曜日に公開される。

往来堂書店の新刊チェック・発注利用ツール
在庫確認
ブックソリューション(NET21独自サービス)
新刊チェック
・出版社からのFAX・DM・メール
発注
(利用サービス:用途)
・NOCS7
・FAX ※新刊の場合
・各社のオンラインサービス ※既刊本の発注
 ・s-book.net:小学館、集英社、白泉社、祥伝社他
 ・Webまるこ:講談社
 ・WINB:河出書房新社
 ・DeA BOOKS NET:ディアゴスティーニ
 ・Bookインタラクティブ:岩波書店、講談社、新潮社他
 ・WebHotLine:KADOKAWA
 ・BookCellar:トランスビュー扱い、書肆侃々房、青幻舎他への発注


BookCellarでこの本発注しました

―――BookCellarで発注した本の中で印象的だった本を挙げていただけませんでしょうか?

笈入 『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)は動きましたね。今までに16冊くらい売れています。ゲンロンといえば『革命と住宅』も4冊売れましたし、『世界は五反田から始まった』も動いています。『喫茶店のディスクール』(誠光社)も21冊出ましたし同じ誠光社の『珈琲の建設』も売れています。

『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)

―――BOOKSHOP TRAVELLERでは『喫茶店のディスクール』は動かないので意外です。当たり前ですが店によって売れる本は変わりますね。最後に、お知らせしたいイベントなどありましたらお知らせください。

笈入 3月17日(日)に『町の本屋という物語 定有堂書店の43年』(作品社)の刊行記念トークイベントを開催します。ぜひお越しください。

「本屋の青空」定有堂書店の43年間の奇跡『町の本屋という物語 定有堂書店の43年』(作品社)刊行記念トークイベント

【日時】2024年3月17日(日) 19:00-20:30(開場:18:30)
【会場】千駄木 往来堂書店(東京都文京区千駄木2-47-11)
【出演】三砂慶明さん、笈入建志
【料金】2500円
【定員】20名

ちいさな町の本屋が、なぜ地域の文化拠点になれたのか?
鳥取に定有堂書店という町の本屋がありました。 本屋が本好きが集まる場所であり続けるために、何が必要なのかを考え、実践し続けました。 定有堂書店は、今でこそ珍しくはありませんが、全国の書店で実施されている読書会やフリーペーパーといった取組みの先駆的な存在でした。 本の陳列方法も独特で、「雑誌」や「文芸書」といった書店の分類ジャンルや本のサイズではなく、本の中身やテーマで本棚を編集する「文脈棚」の源流としてもよく知られ、何より往来堂書店の「往来」の由来は、定有堂書店とも深い関わりがあります。
本書の刊行を記念して、編集を担当した読書室の三砂慶明さんと、往来堂書店の笈入の二人で、「本屋の青空」、「人文書でおともだち」、「本のビオトープ」などの奈良さんの言葉から定有堂書店の魅力に迫ります。

<プロフィール> 三砂慶明(みさご よしあき) 「読書室」主宰。 1982年、兵庫県生まれ。株式会社工作社などを経て、梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。現在は、TSUTAYA BOOKSTORE 梅田MeRISE勤務。 著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)。編者として2023年4月18日に閉店した定有堂書店の奈良敏行さんの著書『町の本屋という物語 定有堂書店の43年』(作品社)を担当。


店長の笈入建志さん

取材日:2024年1月19日
取材・文・写真 和氣正幸

往来堂書店で仕入れた本・売れた本

『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)
『革命と住宅』(ゲンロン)
『世界は五反田から始まった』(ゲンロン)
『喫茶店のディスクール』(誠光社)
『珈琲の建設』(誠光社)

BookCellarをご利用いただくと、往来堂書店・笈入さんが記事内にて紹介した本を仕入れることができます。
注文書はこちら

https://www.bookcellar.jp/orderlist/012984/

「本屋発注百景」とは

本屋さんはどんなふうに仕入れを行い、お店を運営しているのか。様々なお店の「発注」にクローズアップして取材する月イチ連載企画です。
過去の連載もこちらからどうぞチェックしてみてください。