見出し画像

本屋発注百景vol.6 誠品生活日本橋

店舗プロデュース、選書のプロフェッショナルが登場

独立書店、街の本屋、趣味の本屋、パン屋の本屋そしてブックカフェと本連載では様々な業態の本屋を取り上げてきたが、今回取り上げるのは台湾発の本屋「誠品生活日本橋」だ。

ワンフロア全体が書店。通路も広く、独特の高級感がある。中文、日本橋関連本の充実ぶりはもちろんのこと、オールジャンルを取り揃える。本好きには、まさにワンダーランド!

書店として創業し、レストランやカフェ、雑貨など読書と文化を交差させてきた台湾発の複合書店グループ・誠品の日本一号店である。

場所は2019年にオープンした日本橋の「COREDO室町テラス」の2階ワンフロアだ。くらしと読書のカルチャー・ワンダーランドを謳い、「交差する古今 交錯する虚実」をコンセプトに作り上げられた売り場には、書店スペースのほか、台湾茶カフェやレストラン、ガラス工房、文房具エリア、アパレルコーナーなど数々のブースが並び、日本の大型書店とはひと味違った独特の高級感がある。

筆者も台湾を訪ねたときに立ち寄ったが再現度はかなり高めだ。細部の違いこそあれ雰囲気はだいぶ近い。惜しむらくは台湾の信義店(2023年12月24日に閉店予定とのこと)のように24時間営業ではないことか(日本橋店も2023年10月に1日限りではあるが24時間営業「深夜書店~本とアートと台湾と~」を開催している)。

台湾関連の情報をアップデートしたいなら、誠品生活日本橋ほど最適な場所はないだろう。

今回話を聞いたのは、この誠品生活日本橋をフランチャイジーとして運営する株式会社有隣堂で事業開発部店舗開発課チーフを務める神谷康宏さんだ。

書店名 誠品生活日本橋
開業 2019年
店舗面積 877坪 2900㎡ 
住所  〒103-0022 東京都中央区日本橋室町3丁目2-1 COREDO室町テラス 2F
最寄り駅 JR総武本線 新日本橋駅、東京メトロ銀座線 三越前駅
定休日  不定休
営業時間 11時~20時
HP https://www.eslitespectrum.jp/

結局、書店員がやりたい

まず神谷さんの経歴をざっと紹介しておこう。小さい頃から本に親しみ、学生時代に1980年代のニューアカブーム※の洗礼を受ける。
東京新聞の嘱託記者として勤務し、後にフリーライターとして独立するがその後、書店員となる。かつて存在した青山ブックセンターの六本木店や青山本店、ブックファーストで棚担当、バイヤーや店長として勤務した後、取次の太洋社(2016年に廃業)に転職したものの「結局、書店員がやりたい」と海外文具メーカーの書店営業を経て、フタバ図書に入社。その後、2019年の2月に有隣堂に入った。

※ニュー・アカデミズム・ブーム。1980年代に主に人文科学、社会科学の領域で起こった流行。浅田彰や中沢新一がスターとして持ち上げられその著書を持ち歩くことが一種のステータスにもなった。

つまり、ベテラン書店員であり、店作りを俯瞰的にも考えられるプロフェッショナルである。そんな経歴もあり、今回の取材はいつものものとは違った、業界を俯瞰するような視点を持ったものになったのだった。

書店の棚は、流行や時代を映す鏡。歩いているだけで、いくつもの発見があり、その本を手に取るべききっかけを提案してくれる。

本を選書するためにアンテナを張り巡らせる

―――いきなりですが、一日の仕事の流れはありますか?

神谷 ないですね(笑)そもそも同じことをしている日がほとんどありません。今の仕事はイベントの企画運営や店舗の売り場改善が主なものなので、毎日新しい小売店を覗いたり、誰かと会って話しています。店員や店長といま何が面白いか、情報交換することもあります。

例えば、この前はスタッフの女性から今はぬいぐるみのこと“ぬい”と呼ぶんだと聞きました。部屋の中はクローゼットの中まで、まるで長崎の軍艦島みたいに折り重なったお気に入りの“ぬい”のスペースに占拠されていると。「なんならそのためにわたしは生きている」と言っていました。そんな会話から、周辺グッズの販売を考えたり。またこれはフタバ図書の福岡パルコ新館店で勤務していた頃のことですが、地元で有名な球体関節人形のお店の方と知り合ってドールイベントを開催したことがありました。これを東京でも出来ないかとあちらこちらに声をかけて反応を見たり。そうしたことをしています。

取材時期は、クリスマステーマのフェアを展開中。

―――売り場改善とのことですがどういったことをされているのでしょうか?

神谷 2019年の開店準備から2022年までは「誠品生活日本橋」のバイイングや陳列を担当していましたが、いまは有隣堂の「STORY STORY UENO」を見ています※。「STORY STORY UENO」は、2023年4月にオープンしました。開店前の狙いは、通常の有隣堂ブランドの店舗よりも雑貨を多めに置いたり本も品揃えを工夫したりしてちょっとおもしろい店にする予定だったのですが、できてみたら「割と普通の店になったね」という評価をいただくことが多くて。この9月からそれを手直ししているところです。

※他に関東学院大学 横浜・関内キャンパス内にある有隣堂が運営し、書店を併設するカフェレストラン「BACON Books & cafe」の選書も担当。


平台では、面陳で見やすくレイアウトされている。POPはないが、おすすめコメントが印字されたカードがあり、本との距離を縮めてくれる。

例えば「STORY STORY UENO」にはフェア台が16台あるので、ひとつひとつ違う企画と選書をスケジュールを管理しながら行うようスタッフを指導するとか、そんな仕事ですね。土地柄、アート関連の本もちゃんと揃えなくていはいけないですし、上野公園内の美術館・博物館だけでなく都内の展示も調べてそれに合った本を揃えるようにもしてもらっています。

情報は自分から取りに行く

『一九八四年』を軸にした関連書籍のラインナップ。

―――スタッフの教育もされているんですね?

神谷 僕が働いてきた書店業界は、どちらかというと体系的な教育を行うことをなおざりにしてきたと思います。徒弟制度的に先輩や上司の仕事を見て覚えるような慣習もかつてはありましたが、いまはそれもなしくずしに崩れてしまっているのではないでしょうか。

我々のようなチェーン書店では、かつては、見計らい配本※で新刊が質量ともにかなり潤沢に売り場に入ってきました。その大量の本を日々扱っているうちに本に関する知識が増えていった。ですが、いまは100坪くらいの店では配本されてくる商品はごく少なく、本によっては出版されていることも知らないままになってしまいます。

※書店が注文していなくても取次(日販やトーハン)から自動的に本が送られてくること。取次側が書店ごとに売れそうな本やその冊数を決め送っている。委託販売のため書店は在庫リスクも選書コストもなく本を売り場に置けるが、その分、「ベストセラーが入荷されない」「どこの書店も同じ品揃え」といったような弊害もある。

さらに、かつては出版営業や書店員同士の交流も盛んで、情報を自分で取りに行かなくてもなんとなく知ることができるという状況もありました。

ところが、いまはなかなかその余裕がない。どこの書店でも状況は似ていると思いますが、売上が減るとともに、売り場に回せる人員の頭数が少なくなる中で、例えばアルバイトが病気で休んでしまい、シフトが空いてしまった時間には店長や社員がレジに立つしかありません。そんな状況がコロナ禍よりこちら当たり前のようになってしまえば、休日は疲れて家で過ごすことになる書店員も多いのではないかと思います。

日本橋関連の本だけでこんなに!歴史ある街を俯瞰できる圧巻の棚。

―――状況は厳しいんですね。

神谷 そんな中で、例えば古くからの出版営業の知り合いをスタッフたちと繋げたり、フェアのテーマの作り方を一緒に考えたり。このご時世、書店で高額で質の高い本を買うお客さんには可処分所得の多い方も多いと思いますので、そういった人たちはどんな暮らしをして、どんな情報を必要となさっていて、どんな本屋や売り場を望んでいらっしゃるかを想像してごらん、とスタッフに伝えています。

―――チェーン書店だけでなく独立書店を訪ねて、自力で売り場を作っている力のある書店主の仕事を見たり、とかそういうことですね。

神谷 情報を自分で取りに行って自分の頭で考えた売り場作りが、いつの時代にも必要だと思いますし、そんな書店に魅力を感じます。

書店員が働く環境も大きく変わってきている。と同時に本の流通形態も多様化してきている。現場に立ち続けている神谷さんには、「<いま>の本の世界」はどんな風に映っているだろう。

―――BookCellarはどういった経緯で使われることにしたんですか?

神谷 元々、トランスビューの工藤秀之さんとはトランスビューの創業以前からの知り合いでした。トランスビュー取引代行も初期から利用していましたし、毎月発行される紙の「《注文出荷制》今月でた本・来月でる本 」(現在はwebでも配信中)も読んでいました。

BookCellarは「誠品生活日本橋」オープンの2019年から紙と並行して利用していました。当時の有隣堂は「誠品生活日本橋」以外でBookCellarはほぼノータッチでしたし、仕入れもほとんど日販に頼っていたんです。

そうすると日販の見計らい配本だけでは見落としてしまう本がたくさん出てしまうんです。トランスビュー取引代行の本や鍬谷書店、JRC、八木書店などからじゃないと手に入りにくい本ですね。

それではきちんとお客様に応える品揃えが難しい、ということで利用しています。

トランスビュー取引代行、鍬谷書店、JRC、八木書店など、取次の見計らい配本では入らない本が増えている。

中堅チェーン「有隣堂」として何ができるか

―――いまは文学フリマ※が盛り上がっていたり、ZINEを作る人も増えていたりと既存の流通からは見えない本が増えましたしね。

※2002年から開催されている文学作品の展示即売会イベント。2023年時点で札幌・岩手・東京・京都・大阪・広島・福岡の7都市で、年8回開催。2024年には香川でも開催される。プロ・アマチュア、個人法人を問わず数多くの出展が行われている。
HP https://bunfree.net/

神谷 商業出版とは違うルートが出来つつあるように思います。例えば百万年書房の北尾修一さんは大手出版社が目をつけない著者に声をかけて本にし、何冊も重版させています。

そんな流通のオルタナティブのようなものができるかもしれない状況の中で有隣堂は中堅チェーンとして何ができるのかを考えて始めたのが「有隣堂遊説ツアー」です。

―――遊説というと?

神谷 有隣堂を全店舗を北尾さんと一緒にイベントをして回る試みです。

―――調べてみると、

北尾さんの著書『いつもよりも具体的な本づくりの話を。』(イースト・プレス)の話を中心に“自由でかんたんな本のつくり方”を参加者の皆様に指南いただきます。本を作っている人と、本を作って売りたい人をつなぐ交流イベントです。

有隣堂プレスリリースより

とありますね。

神谷 神奈川・東京を中心に全42店舗あるうち、今年の8月に半分を回ったので、北尾さんのほか、ひとり出版社の三輪舎と書店「生活綴方」を運営していらっしゃる中岡裕介さんとZINEから始めて今では商業出版の世界でも大活躍なさっている作家・文筆家の安達茉莉子さんをお呼びして「誠品生活日本橋」で中間報告会※も行いました。

この模様はYouTubeでアーカイブ配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=SF_WzMnFL1E

―――「本を作っている人と、本を作って売りたい人をつなぐ交流イベント」というところが素敵ですね。

神谷 実は、このイベントの前には開催店舗の店長と北尾さんに30分から1時間ほど雑談をしてもらっています。「太田出版」で長年ヒット作を出してきた敏腕編集者であり、現在はひとり出版社「百万年書房」で素晴らしい本を世に出し続けている北尾さんと話をすることが、日頃店の中の業務に追われている店長にとっても刺激になると思うんです。

それに、BookCellarを利用していらっしゃる出版社の方とのやり取り自体も、より活発になれば、売り場の改善にすぐに直接反映されるわけではないと思いますがスタッフにとっての刺激になるはずです。

「有隣堂遊説ツアー」では、チェーン横断型のフェアにお客様参加型のイベントを絡ませるだけでなく、さらに各店長とイベント登壇者(今回お聞きした例だと百万年書房の北尾さん)をつなぐ時間も組み込まれている。

―――BookCellarへの要望はありますか?

神谷 特にありません。いまは業界にとって過渡期で日々いろいろなことが起きています。そんな混沌とした業界の中で、確実に本と情報を届けてくれるひとつの選択肢として存在してくれているのがありがたいなと思います。

BookCellarでこの本発注しました

―――BookCellarで発注した本の中で印象的だった本をお願いします。

神谷 先程も触れた百万年書房さんの「暮らし」レーベルの本ですね。特に『夫婦間における愛の適温』の著者・向坂くじらさんはすごい方ですね。

『夫婦間における愛の適温』(百万年書房)

出版社だとトンカチさんの本(『あの子たち!』など)やブルーシープさんの本(『かえるの哲学』など)も良いですね。

―――本をただの本じゃなく雑貨でもあると考えられるような本を出す出版社さんですね。

神谷 そう考えたときに売り場の作り方も変えなくてはいけない。どうすればいいのか。そういうことを考えています。


書店員の現場は厳しいと言われて久しい。最低時給であるだとか社員も薄給であるだとかそういうことだ。時代の流れもあるとはいえ、そんな中でも、どうやっておもしろい売り場を作れるか。おもしろい本屋でありえるか。それをシステムや数字ではなく、人から見ている。神谷さんはそういう人なのだと思った取材であった。


株式会社有隣堂 事業開発部店舗開発課チーフ 神谷康宏さん

取材日:2023年11月30日
取材・文・写真 和氣正幸

※記事内の数字は取材日時点のものです

誠品生活日本橋で仕入れた本・売れた本

『夫婦間における愛の適温』(百万年書房)
『あの子たち!』(トンカチ)
『かえるの哲学』(ブルーシープ)

BookCellarをご利用いただくと、誠品生活日本橋・神谷さんが記事内にて紹介した本を仕入れることができます。
注文書はこちら


これからも「本屋発注百景」を届けます 

本屋さんはどんなふうに仕入れを行い、お店を運営しているのか。様々なお店の「発注」にクローズアップして取材を続けてきた「本屋発注百景」。当初6回限定企画としてスタートしましたが、多くの反響・好評のお声をいただき、連載継続が決定しました! これからも、どうぞご愛読いただけますようお願いします。

BookCellar運営チーム