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愛の神、エロス

カンヌを制した3人の監督によるオムニバス、『愛の神、エロス』。

手をモチーフに描いたウォン・カーウァイ監督、コン・リー×チャン・チェン主演『~エロスの純愛~若き仕立屋の恋』、毎夜見る夢に現れる見知らぬ女性、その夢の意味を求めて精神科医の元を訪れる男性を主役にすえたソダーバーグ監督、ロバート・ダウニー Jr.主演『~エロスの悪戯~ペンローズの悩み』、関係の壊れかけた夫婦とたまたま出会った奔放な女性とを描いたアントニオーニ監督、クリストファー・ブッフホルツ×レジーナ・ネムニ×ルイザ・ラニエリ主演『~エロスの誘惑~危険な道筋』の3本が収録されています。
1本目の『若き仕立屋の恋』が1番わかりやすいかも。というか、個人的にウォン・カーウァイの最高傑作な気がします。ウォン・カーウァイ作品としては非常にわかりやすいストーリー。高級娼婦ホア(コン・リー)とまだ見習いのチャン(チャン・チェン)が初めて出会うシーンは直接的な表現ですが2人の抑制の効いた演技と陰影の濃い映像によって儀式めいた美しさがあります。パトロンを失って街娼に身を落とすホア、どんな時であろうと彼女を思い美しい服を作り続けるチェン。エロティックな始まりの儀式の思い出を介在させながらもその先には進まない2人。死の床につき初めてチェンへの感謝と深い愛情に涙するホア。始まりの儀式は繰り返されるけれどそれは今度は終わりの儀式。深い哀しみが2人を支配し結び付けます。シーンごとには非常に効果的にエロティックな要素を盛り込んでありますが、全体の印象はイノセントなラブストーリー。私は谷崎の『春琴抄』を思い出しました。あんなに清い関係ではないし、チェンのホアへの恋慕の情は間違いなく性的な情動がベースなんですが、チャン・チェンの少年ぽさとホアの哀しさを理解できるほどには大人になったバランスの取れた透明感を残した演技によって純愛を感じさせている気がします。コン・リーの気位の高い娼婦から一変して少女のような顔でチャンを求めるシーンも素晴らしいです。必要な瞬間を切り取って独特の世界観を構築するウォン・カーウァイの真骨頂。短編というのが余計良かったのかも。
ソダーバーグの『ペンローズの悩み』は正直???です。なんだろう…、ピロートークならぬピロージョークみたいな感じ?広告マンでいいキャッチコピーが浮かばないペンローズ、毎夜夢で見る謎の女、意味が知りたくて精神科医を尋ねるけれど結局意味はわからず、でもコピーは浮かんだ、というなんだかよくわからない話が進んでいきます。ウィットに富んだロバート・ダウニーJr.の一人語り、モノクロとカラーの効果的な使い分け、ソダーバーグらしいと言えばソダーバーグらしい作品。人は夢でもなんでもエロティックなものに理由や深層心理をくっつけようと躍起になるけど、実際は何かに思い煩うことなく愛する人とたまには朝寝を楽しみたいとかそんなつまらなくてかわいらしいストレートな欲求が隠れてるだけなんだよ、と言っていると私は解釈してみましたが。話しを聞いているフリをして自分のことにかまけている精神科医とか唐突にでてくる同僚のカツラ話とかユーモアたっぷりで笑えます。語りだけでもたせてしまうロバート・ダウニーJr.の巧みさには脱帽!
アントニオーニ監督の『危険な道筋』はどストレートにエロス。他の2作品よりもよりプリミティブな感じです。正直人物設定にはあまり意味が無いかも。セックスに必要以上に関係性の意味を求める男ともっと感覚的な部分を分け合って愛情を感じたい女のすれ違いとでも言ったらいいでしょうか。意味に囚われたくない女とそんなプリミティブさに戸惑いを覚える男。その差は結局埋められず、都会で暮らし続ける男と、水辺で馬を追い自然の中で原始回帰するかのように裸体を誇るように晒す女達。これもちょっと解釈が難しいけど、映像はむちゃくちゃ綺麗なのでそれだけでも楽しめます。
同じ東洋人ということでやはり感覚的に近い所があるからでしょうか、やはり独特の情感と湿り気のあるウォン・カーウァイ作品が1番心に残りました。緻密に作り上げながらもシンプルな美しさがあります。
面白いかと聞かれると、うーん、という感じではありますが、同じテーマでこれだけの監督が揃うアンソロジーというのは滅多にないし、三者三様の描き方はやっぱり興味深いです。
人にお勧めしにくい映画ではありますが、私はわりと好きな感じでした!

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