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銭湯で感じた 「連れ」 の概念

野幌の喫茶ファロまでサイクリングをした午後だった。帰路、西日を浴びた桜は凛としていて、こんな風景の様な穏やかな生活を続けていける様に心掛けないとなと思った。

汗をたっぷり吸ったシャツが身体に引っ張り付いてくる。帰り道にある、森林公園温泉きよらに寄った。ファロからきよらの流れはとても好きだ。モール温泉特有の底の見えない浴槽。「第一回、チキチキ・他者に触れない様にどこまで足伸ばせるか大会」を開催。誰にも触れる事なく大会は閉幕。スリリングだった。私だけが。

着替えの用意もないのでまた汚れたシャツを身に付けて、休憩スペースを見渡した。半円状に広がる2人掛けのソファが対になって配置されている。一番奥のソファには60代ほどの男性が一人で腰掛けていた。彼の向かいの席に近付いた。

「ここ座ってもいいですか?」
「あぁ、いいよ」

よし、ここでゴールデンウィークに予定している青森旅行の計画を練ろう。銭湯に入ってる間に、旅慣れている先輩から返信があり、そこにはオススメの温泉の情報がまとめてあった。

「俺の施設じゃないからね」
「好きなところ座ればいいんだよ」

会話は終わったものだと思っていたからふいを突かれた。朗らかそうな顔をしたおじちゃんだった。

「ありがとうございます」
「お連れ様がいるかと思いまして」

「連れ?いないいない。経験ないよ」
「おたくもそうかい?」

「あぁ、そうですね」
タオルで髪を乾かしながら小さい声で答えた。公共の場で独身かどうかの宣言をさせられた様にも感じたが別に特別どうって事はなかった。

「久々に入りにきたよ」
「どちらからですか?」
「里塚からよ」
「遠いですね」
「いやー大した事ないよ」

この辺りから大分おざなりに会話をしていた。移住して5年。まだ里塚が何処かパッと頭に浮かばない。塚と付いてるからきっとかつて貝塚とかだろうから山の方だろうと辺りをつけて適当に返答した。

「おたくはどちらから?」
「美園です」
「え?」

おじちゃんの顔が強張る。
札幌市内だし、まあまあ距離があるからだと思う。わざわざ?みたいなニュアンスを感じる。

「よく来るんですよこの辺」
「サイクリングが趣味で」
「え?自転車なの?」

さらに強張る初老男性のフェイス。そう、分かってる。遠いよね。小樽とか長沼とか自転車で行く方がマイノリティーな自覚はあるけど、これが私の生活なんだから驚かないで受け流して欲しい。

なんて考えていたら男性が私の後方に目で合図をした。向かいのガラス越しに見える人影に目を凝らす。高校生くらいの孫か。連れの意味を取り違えてしまったんだな私が。と思いつつ近付いてきた孫が私の向かいに座った。彼と同年代位の女性で、どう見ても奥さんだった。

はい、ここから情緒崩壊タイムの始まり。渦巻くはてなマーク。「連れ」とは?先ほどの彼の発言の意図が分からない。ミステリアスな男を演じたかったのか?ぐるぐる堂々巡りをしつつ、奥さんにそっと目を移すと、居心地が悪そうに節目がちだ。それはそうだろう。他の席はガラガラなのに夫(仮定)の向かいに見知らぬ中年男性が座っているのだから。

「いやさっきまでまぢで他の席に人居たんだって!人畜無害っぽいおじいちゃんだったから向かいに腰掛けただけだったんだって!連れがいないって言うから安心してたのにあなたが来て情緒が不安定になって困ってるのはこっちなんだって!」

といった文言を伝えられる筈もなく、ひたすら曖昧に視線を泳がせていた。ここからわざわざ席を移るわけにも失礼な気がしつつ、身をじっと固めてるだけだった。
おじいちゃんは「ゴールデンウィークだもん男風呂は混んでたね」奥さん(仮定)「女湯は大した事なかったよ」「あぁそうかい」「俺は女湯入ってねぇからわかんねぇけどなぁ」みたいな誘い笑い向けの会話が私に向けられている。

心中 「め…め…めんどくさい…」
実際 「結構男湯は混んでましたよね〜」

ここからも取り止めのないことを数分話していたのだが、要領を得ないチグハグな会話の終幕は唐突で、2人は席を立ち里塚へ帰っていった。先週の佐久間さんのオールナイトニッポンで銭湯で見知らぬお爺さんと会話をしたというエピソードトークがあった。最初は久々にリフレッシュで下町の銭湯に来て整いたかったのに話しかけられて、全然落ち着かなかったが、徐々にお爺さんの息子さんのエピソードトークに妙に惹きつけられて、若くして亡くなった父親とお爺さんを重ねるといったものだった。(超意訳、面白いからradikoで聴いて)

父親は私が小学校一年生くらいの頃に家を出て行った。小学六年生くらいの頃に電話で話したきりで、どこに居るかも生きているかも知らない。連れがいない発言おじちゃんも、それこそ自分の父親くらいの歳でもおかしくないのかと思いつつ会話していた。佐久間さんが番組内で言っていた「見知らぬ、父親位の上の世代と話す機会なんて無いもんなー」という発言が印象的だったから普段話さない世代の方と話してみようと思って席を立たなかった節もある。

でも結局

連れいないって言ったのになんで奥さん後から登場するんだよ!謎過ぎるだろ!

が本音だ。

湯冷めして窓の外は真っ暗だし、青森の旅程は立っていない。今日見た桜の様に穏やかな生活を出来ているのかどうかは分からないけど、隣の小学三年生くらいの男の子が「牛乳を飲むと集中力が上がるんだよなぁ」とウキウキ父親に向かって話しているのが聴こえてくるし、平和だってことは間違いないよ。


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