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風の色彩 #シロクマ文芸部

秋桜と彼岸花が、いのころ草のひろがる草原に、ぽつりぽつりと群生し、それぞれに、感情を持たず、ありのままに、揺れている──風が見える、おだやかな夕暮れ。あたり一面黄金きんいろのひかりの粒子が舞っていた。

もうすぐ暗くなるよ、そろそろ帰ろう。とぼくは、娘の背中に言いかけて、やめた。

星の少ない秋、南東やや上に、木星がひかり、惰性のようにしてそのすこし上で、一等星のフォーマルハウトが慎ましくたたずむ。

ぼくらふたりのあいだを、黄昏が飛行し、塵のような星の砂たちが天の川へと立ち昇るのは、風が見せてくれた幻想なのだろうか。

あの日といまのちがいなんて、そんなにない。海と大地と空の境界は、秋のいろ──群青いろとあかねいろと墨のような雲のいろ、枯葉や夏に疲れた黄緑の草のいろ、白、淡い桃や夕焼けいろの秋桜のいろ──を打ち寄せては引く波がゆるやかに混ぜてゆき、どこからが海で大地で空なのか、あいまいにした。やがて、すべては、赦しあい、溶けあって夜のやさしい闇の紫にかわる。

娘と同じくらいだったろうか、それよりすこし年上くらいだったろうか──兄たちと海辺のシロツメクサといのころ草だけがただひろがる公園で蜻蛉とんぼや蝶々を追いかけていたときのある日を思い出す。

ぼくは踏みしめる草と土のやわらかな感触に、うっとりとし、恍惚に身を委ねるかのように、蝶々を裸足で追いかけた。

すぐ目の前にいたはずの蝶々は、とつぜん、ぼくの視界から消え去り、それと同時に、和紙のようなアネモネの花びらみたいに、しっとりとしたものを足のうらに感じた。

帰り道、ぼくは、泣きながら、兄たちの自転車を走って追いかけ、母に遅くなったことを皆で叱られた。

草の匂いにコオロギたちの求愛の羽の音が混じり、蝶々を追いかけていた娘がじっと耳をすませていた。

ちいさなてのひらに、野の草花で作った花束を握りしめる彼女の瞳に、幾つもの、数限りない星屑がやさしく輝いている。

ままにあげようね。うん、ままが帰ってきたら、これをあげるの。きっと、よろこぶよ。おうちにかえる。そうだね、帰ろう。

牧歌的な、このあまりに尊い一瞬の永遠を記憶するぼくの記録を、無垢な彼女は知らない。

風の色彩──懐かしさといまとが残響となってぼくの心を満たしてゆく色彩の音楽。

──

平和への祈り、愛を込めて。

シロクマ文芸部さんのお題「秋桜」に参加してみました。

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