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レティシア書房店長日誌

ヴィム・ヴェンダース「パーフェクトディズ」
 
「パリテキサス」「ベルリン天使の詩」等で日本でも人気の高い、ドイツのヴェンダース監督の新作「パーフェクトディズ」を観ました。主演の役所広司がカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した作品です。

 日常の生活のディテールを、繰り返し静謐なタッチで描いてきた小津安二郎をリスペクトするヴェンダース監督は、小津的世界観を見事に生かして、一人の男の日々を追いかけていきます。
 東京都の公衆トイレの清掃員平山は、下町の古いアパートで一人暮らしをしています。夜が明けると毎朝同じ時間に聞こえてくる、近所の人が清掃する竹ぼうきの音で目覚めます。起き上がり、きちんと布団をたたみ、歯を磨き、髭を整え、清掃のユニフォームに着替えて、外に出ます。その動きに無駄はありません。ドアを開けて空を見上げ、アパートの前の自動販売機で缶コーヒーを1本買い、車に乗り込み、お気に入りのカセットテープをかけて公共トイレの清掃作業に向かいます。仕事が終われば銭湯に行き、いつものお店で一杯飲み、自宅に戻り、文庫本を読みます。テレビはありません。
 規則正しい毎日を、映画は丹念に追いかけていきます。休みの日にはコインランドリーに行き、古本屋に寄って100円均一コーナーから古本を一冊買い、馴染みのママのいる小料理屋でひととき過ごす。これもまた、変わらない過ごし方です。同僚の清掃員が急に辞めて、仕事量が増えるというアクシデントは起きますが、それ以外は、平和な日常が続いていきます。ただ、それだけの映画なのですが、とても幸せな気分になるのです。戦後、ひたすら娘の嫁入り話を映画化してきた小津安次郎は、やはりそんな幸せな気分にさせてくれる監督でした。
 映画は後半、彼の姪が自宅に転がり込んできたことで、変化を見せます。平山が、かつてはそこそこ裕福な家の人間だったことも少しわかってきますが、なぜ彼が全てを捨てて今のような生活をするようになったのかは、描かれません。人の人生なんて、そう簡単に描けるものではないのです。
 ラスト、彼はいつもと同じように清掃員のユニフォームに身を包み、車に乗り込みます。カメラは彼の顔に近づき、ここから役所広司の演技をじっと凝視することになります。泣き顔のような笑い顔のような、微妙な表情の変化の中に、何が幸せの本質なのかを理解できたような気がします。観終わったとき、こんなに穏やかな気持ちにしてくれる映画はないと思います。


●レティシア書房ギャラリー案内
1/10(水)〜1/21(日) 「100年生きられた家」(絵本)
1/24(水)〜2/4(日) 「地下街への招待パネル展」
2/7(水)〜2/18(日) 「まるぞう工房」(陶芸)

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