見出し画像

レティシア書房店長日誌

坂口安吾「桜の森の満開の下・白痴」

 私の坂口安吾体験といえば、若山富三郎と岩下志麻の共演で篠田正浩監督の映画「桜の森の満開の下」と、近藤ようこが漫画化した「戦争と一人の女」ぐらいでした。岩波文庫版の「・白痴」(古書850円)を入荷したので、十数編の短編を収録した本書を読んでみることにしました。

 ご承知のように、坂口は終戦直後に発表した「堕落論」、「白痴」で注目され、無頼派と称される作家たちの一人として、近代日本文学を代表する作家です。上記の二作品で、当時、坂口は”情痴作家”と呼ばれていました。
 本書の解説で、七北数人が「坂口が描く女はみな、地獄の花のように謎めいている。恐ろしく、幻惑的で、美しく張りつめた妖花。時に、血のにおいをたっぷり含んでいる。」と解説していますが、その最たるものが「桜の森の満開の下」でしょう。幻想小説作家としての坂口の一面を見せてくれる作品です。
 とある峠に住む山賊と、妖しく美しく、しかも残酷な女との怪奇物語です。桜の森の満開の下は恐ろしい場所だと物語られる説話形式の文体で、ラストでは山賊の究極の孤独が描き出されます。映画版は、主演の二人の絡み合いが濃すぎて、そんなに面白いとは思わなった記憶があります。
 「戦争と一人の女」は、虚無的な生き方を送る男と、男を求める不感症の女が、空襲の激しくなる中での同棲関係を描いた作品です。太平洋戦争末期、小説家の男は、酒場の主人の妾の女と生活を始めます。二人に家庭的な愛情など皆無なのですが、どうせこの戦争で全て破壊されるのだからと、戦争をおもちゃみたいにして遊ぶという退廃的な生活を繰り返していきます。
「女は戦争が好きであった。食物の不足や遊び場の欠乏で女は戦争を大いに呪っていたけれども、爆撃という人々の更に呪う一点に於いて、女は大いに戦争を愛していたのである。そうだろう。そういう気質なのだ。平凡なことには満足できないのである。爆撃が始まると、慌てふためいて防空壕へ駆け込むけれども、ふるえながら、恐怖に満足しており、その充足感に気質的な枯渇を満たしている。」
 ラスト、坂口は戦争と女の死体を一つにして「もっと戦争をしゃぶってやればよかったな。もっとへとへとになるまで戦争にからみついてやればよかったな」と小説家に言わせます。
近藤ようこの漫画版では、原作であるGHQ検閲前の無削除版「戦争と一人の女」、その続編「続戦争と一人の女」、更に「私は海を抱きしめたい」の三作品を一つに構成して、坂口文学を見事に漫画で表現した傑作でした。
 敗戦を体験した文学者の屈折した哲学が詰まった小説でした。なお、こちらの小説も、江口のり子と永瀬正敏主演で2013年に映画化されています。

●レティシア書房ギャラリー案内
1/10(水)〜1/21(日) 「100年生きられた家」(絵本)
1/24(水)〜2/4(日) 「地下街への招待パネル展」
2/7(水)〜2/18(日) 「まるぞう工房」(陶芸)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?