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レティシア書房店長日誌

土方正志「震災編集者」

 著者は北海道生まれ。東北学院大学を卒業後、フリーの編集者として活躍、2005年仙台に出版社「荒蝦夷(あらえみし)」を設立して、雑誌「仙台学」「遠野学」などを刊行してきました。彼が発行した雑誌では、仙台在住の伊坂幸太郎「仙台ぐらし」が連載されていました。
 「震災編集者」(河出書房/古書800円)は、東日本大震災で被災し、会社の再建を余儀なくされた一人の編集者が見た震災の風景と、東北の人々を綴ったものです。

 多くの町や村が壊滅し、多くの人が亡くなった震災。「復旧」や「復興」あるいは「再生」の言葉が溢れるなか、何が「破滅」し、何を「再生」するのか、著者は立ち止まってこう考えます。
 「まずは、東北を知って欲しい、学んで欲しい。このような緊急事態に迂遠と思われるかもしれない。そうではあっても、東北とはどのような地であったのかを知らずして『壊』も『滅』も『復』も『再』も『新』もあり得ない。話はそれからだ。そうでなくては東北は浮かばれない。二万人もの死者・行方不明者は浮かばれない。」
 そして、東北に暮らす、あるいは著者と付き合いのある作家やジャーナリストと「仙台学vol.1 1 東日本大震災」を作り上げます。
 これは、プロローグ「2011年」、第一章「被災地の出版社 2012年3月〜」、第二章「<声>を編む 2013年3月〜」、第三章「生きるための本の力 2013年9月〜」、第四章「底なしの日々 2014年3月〜」、第五章「記録を残し、記憶を継ぐ 2014年9月〜」、第六章「<被災>の未来 2015年3月〜」そして「エピローグ 2016年」と震災から5年間のことが丁寧に描きこまれています。
 悲惨な光景。希望なんてどこにもない絶望だけの日々。それでも著者は「本」の力を信じて、本を作り、東北の姿を知ってもらおうと奮闘努力していきます。阪神・淡路大震災の取材をしていた縁から、神戸の名書店「海文堂」に震災発生から6日目に電話をしたら、著者の出版社の既刊を全て送れ、平台をあけて待っている、と言ってくれたそうです。海文堂は「激励より本を売る」というポップを立てて応援しました。その海文堂の動きをメディアがフォローしてくれて、「荒蝦夷」は本来の出版社としての体制を戻していきます。
 「各地の被災者が、被災を経験した人たちが繋がり、語り合い、知恵を出し合えば、実のある『復興』を現出させることができるのではないか。被災地の、被災者のネットワークは、次なる被災地と被災者のためのなにかを生み出せるのではないか。これからのこの列島に生きる私たちには普遍的な『被災の思想』が、きっと必要になる。今日を安全に平和に過ごすあなたが、明日の被災者なのかもしれないのだから。」という著者の言葉は、深く響きます。
 大震災に飲み込まれた地元の小さな出版社が、本に何ができるのかを考え、未来に向かって発信し続けた貴重な記録だと思います。


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