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本屋プラグのためにならない読書④

 7月22日、児童文学作家の那須正幹さんが79歳で亡くなられた。訃報に際してというのは非常に残念ではあるものの、那須さんの功績、素晴らしい作品の数々に改めて触れる人が増えることを願う。


 稲穂県ミドリ市に暮らす小学6年生、ハチベエ・ハカセ・モーちゃんの3人が活躍する「ズッコケ三人組」。日本を代表する児童文学シリーズとして知られる一方、一部の保守的な人々からは「内容が児童文学らしくない」との批判もあった。そうした批判への那須さんからのウイットに富んだ回答が『ズッコケ文化祭事件』だ。

 ハチベエたち6年1組は、文化祭で演じる劇の脚本を童話作家に依頼する。しかし、できたものは魔王にさらわれた母親を3兄弟が勇気と知恵で助け出す「仲良しきょうだいとトンカチ山の大魔王」というお話で、児童たちからすれば、「幼稚園の劇みたい」で「つまらない」。そこでクラス全員でアイデアを出し合い、土地の権利を巡って地上げ屋に誘拐された父親を3人の娘が救い出すアクション劇「アタック3・極道編」に改編してしまう。当日、何も知らずに観劇に来た童話作家は、自分の作品が全くの別物になっていることに激怒して――。

 大人が考える「児童文学らしさ」、ひいては「子どもらしさ」というものは、大人の勝手な理想像を子どもたちに押し付けているのではないか。那須さんの描く子どもたちは、大人が考えるステレオタイプな子ども像を、いきいきと裏切っていく。その意味では、「内容が児童文学らしくない」という批判も那須さんにとっては狙い通りだったのかもしれない。事実、「ズッコケ三人組」は、児童文学の範疇(はんちゅう)にはとどまらない。

 『ズッコケ家出大旅行』では3人が家出を決行。ミドリ市を飛び出した子どもだけの旅は最終的に大阪・西成に行き着く。3人の目に映る、公園のテント村で暮らすホームレスや、日雇い労働者の人々のリアルな生活が、まるでルポルタージュのように描かれた一冊。

 2000年に発表された『緊急入院!ズッコケ病院大事件』。ミドリ市に海外から持ち込まれたウイルスが原因の感染症が広がる。本作の主役は、感染症の対応に奔走する医療従事者たちだ。感染ルートの特定や濃厚接触者の隔離。作中には「PCR検査」といった言葉も登場し、まるで現在のコロナ禍を予見したかのような印象も受ける。

 幼少期のあいまいな記憶の揺らぎをテーマにした『ズッコケ三人組のバック・トゥ・ザ・フューチャー』は、ジュブナイルミステリーの傑作であるばかりか、日本のミステリー史にも残る傑作と呼んでも過言ではない。児童文学というくくりを取り払ってミステリーファンには是非、一読を薦めたい。

 本連載で前月から2回にわたり「ズッコケ三人組」を取り上げたのは、決して子ども時代の読書体験を懐かしむためではない。大人になった私たちにも、ハチベエ・ハカセ・モーちゃんの冒険は、新鮮な読書の喜びを与えてくれるはずだ。

(本屋プラグ店主・嶋田詔太)

※毎日新聞2021年7月30日掲載https://mainichi.jp/articles/20210730/ddl/k30/040/397000c

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