本屋プラグ

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本屋プラグのためにならない読書⑪

 ――第二次世界大戦下の1944(昭和19)年3月。日本の戦争継続に不可欠な水銀購入の密命を受けた海軍中佐の関谷は、購入資金の金塊を手に、ドイツを経由し中立国スイスを目指す。  ところが、ドイツで彼を迎えるはずのベルリン駐在武官は、休暇先のスイスのローザンヌに近いレマン湖畔で水死体となって発見されたと聞かされる。兵学校の同期で親友でもあった駐在武官の死を訝(いぶか)りながらも、ベルリンからスイスへ向かった関谷だが、ドイツとの国境の町シャフハウゼンで連合国側による爆撃に巻き込

    • 本屋プラグのためにならない読書⑩

       中国は杭州市の富陽地区。大河、富春江が流れるこの街に暮らす顧(グー)家には、老いた母を家長に4人の息子たちがいる。長男夫婦は料理店を経営し、次男夫婦は富春江で漁師を生業にしている。ダウン症の息子を男手一つで育てる三男には借金があり、どうやら闇社会に通じる危ない仕事をしているようだ。気ままな独身生活を送る四男は、解体工事の現場で働いている。今、富陽地区は再開発のただ中にあり、古い建物は次々に取り壊され街の様相、そして人々の暮らしも変わりつつある。  昨年、日本でも公開された

      • 本屋プラグのためにならない読書⑧

        先日、店頭での買い取りで、和綴じで製本された『大日本沿海実測録』という少し珍しい本が入ってきた。 もともとは、かの伊能忠敬が17年の歳月をかけて自らの足で全国を測量し、その死後、弟子たちによって完成された日本全土の実測地図『大日本沿海輿地全図』が、文政4(1821)年に幕府に上程された際、その地図と共に提出された付属の資料集だ。それを維新後の明治3(1870)年に大学南校が木版刊行したもので、忠敬が測量した場所の地名に地名間の距離、湖や沼、島の周縁などが記録されている。

        • 本屋プラグのためにならない読書⑦

           衆議院議員総選挙から一夜明けた今週月曜日の朝。いつものように車を運転していると、偶然カーステレオから流れてきた音楽に心を射抜かれた。ミディアムテンポのソウルミュージックに、ダミ声の男性ボーカル。2009年に結成された男性8人組バンド、思い出野郎Aチームの楽曲「君と生きてく」だった。彼らは歌う。「声を重ねたい 見過ごされてきた人々の声に」「高い壁の向こうで 遮られてる誰かの声に」  後で調べたところ、この曲のリリースは今年10月6日。ちょうど衆院選の日程が明らかになったころ

        本屋プラグのためにならない読書⑪

          本屋プラグのためにならない読書⑥

           この原稿を書いている10月5日現在、和歌山市北部の自宅は六十谷水管橋の崩落につき断水中だ。幸いにも紀の川を挟んだ反対側、市南部の万町にある店は水道が使用できるため、最低限の水は確保できるものの、炊事や洗濯、風呂、トイレ――ペットボトルに入った水がただそこにあるだけで事足りるわけではない。出るべきところから水が出ない不自由さは、体験して初めて思い知らされた。  もっとも風呂に関しては、実はさほどに不自由を感じていない。と言うのも常日ごろから入浴は自宅ではなく、町の銭湯のお世

          本屋プラグのためにならない読書⑥

          本屋プラグのためにならない読書⑤

           “ド・ゴール将軍”ことフランス大統領シャルル・ド・ゴールの暗殺のため、秘密組織に雇われた国際的な凄腕(すごうで)のスナイパー“ジャッカル”。1960年代のフランスを舞台に、暗殺決行のXデーに向け、着々と計画を進めるジャッカルと、その阻止に奔走するフランス官憲の攻防を描いた小説『ジャッカルの日』は、“暗殺もの”の金字塔として名高い。73年に公開された同名の映画版をご覧になった方もいらっしゃるのではないか。  今回は、そんな『ジャッカルの日』の日本版とも呼べる一冊を紹介したい

          本屋プラグのためにならない読書⑤

          本屋プラグのためにならない読書④

           7月22日、児童文学作家の那須正幹さんが79歳で亡くなられた。訃報に際してというのは非常に残念ではあるものの、那須さんの功績、素晴らしい作品の数々に改めて触れる人が増えることを願う。  稲穂県ミドリ市に暮らす小学6年生、ハチベエ・ハカセ・モーちゃんの3人が活躍する「ズッコケ三人組」。日本を代表する児童文学シリーズとして知られる一方、一部の保守的な人々からは「内容が児童文学らしくない」との批判もあった。そうした批判への那須さんからのウイットに富んだ回答が『ズッコケ文化祭事件

          本屋プラグのためにならない読書④

          本屋プラグの ためにならない読書③

          「勉強のできるひともできないひとも、力の強いひとも弱いひとも、みんなの気持ちがよくわかるひとがいいって、いってるんだと思うんだ。これは、ようするに、民主主義の問題だと思うよ」「みんなの意見を、じっくりきいて、それにしたがってくれなきゃあ。それも、とくに弱い立場のひとの意見をね」。児童文学作家、那須正幹さんの『花のズッコケ児童会長』(1985年)の中のせりふだ。  瀬戸内海に臨む稲穂県のミドリ市に暮らす小学6年生、ハチベエ・ハカセ・モーちゃんの3人が毎回、さまざまな事件や騒動

          本屋プラグの ためにならない読書③

          本屋プラグの ためにならない読書①

           本屋をしているとよく聞かれるのが「どうして本屋を?」という質問だ。その答えが「もうかる仕事だから」でないことだけは間違いない。出版不況が叫ばれて久しい昨今。特に総務省の2016年「社会生活基本調査」によると、過去1年間に「趣味としての読書」をした人の割合が全国平均38・7%を大きく下回る29・5%で、全国最下位だったという和歌山。わずか15坪の小さな本屋を経営していくことは現実として、なかなかに厳しい。  では、なぜ本屋をしているのか。一言で言えば「本が好きだから」に尽き

          本屋プラグの ためにならない読書①

          「take a stand」1968年10月17日、メキシコ五輪

          1968年10月17日、メキシコ五輪、男子200m表彰式。 世界新記録で金メダルを獲得したアメリカのトミー・スミス、同じく銅メダルのジョン・カーロス。アメリカの栄誉を讃える「星条旗よ永遠なれ」に合わせ、星条旗が掲げられていく中で、この二人のアフリカ系アメリカ人のアスリートは、目線を下に、うつむいたままスミスは右手に、カーロスは左手に黒い手袋を嵌め、握った拳を高々と天に突き上げた。 この半年前、アメリカでは公民権運動の指導者、キング牧師が暗殺された。二人の行動は、黒人差別へ

          「take a stand」1968年10月17日、メキシコ五輪