理性と狂気は隣り合わせに。~「The World of Mercy」という衝撃~
今回はDIR EN GREY。
このバンドのコンセプトをざっくりと説明すると
「世の中のあらゆる痛みを表現する」
なんです。
正直言うと最初は「ん?」って思ってしまったんですよね。ファンになってからもこの“痛みの表現”というのを深く考えることはなかったんですが、ついに2019年、僕はこの「The World of Mercy」でその”痛みの表現”と対峙することになります。
そもそもで言うとこの曲、最初聴いたとき
「凄くショックを受けた」
んです。
その”ショック”の理由を説明するにはこのシングルのリリース前、2018年リリースのアルバム「The Insulated World」に触れなければなりません。
直訳すると「隔離された世界」(今思えばこの言葉にも”痛み”を十分に感じられる…)
「俺さえ死ねばいい」
というワードがあまりにも強い一曲目の「軽蔑と始まり」
三曲目に位置するシングル「人間を被る」では
「夢を見ているお前が死ね 正論だろ?」
なんてなかなか書けるもんじゃない。
そんなアルバムの主人公でしたが最後、大名曲「Ranunculus」で”救われる”ような印象を受けたんです。
”憎むためじゃないだろ”
”誰かのために今日も笑うの”
”叫び生きろ 私は生きてる”
これだけストレートに背中を押してくれる歌詩は珍しいなと感じましたが、この歌詩のおかげで聴いている側の心も浄化されるし、このアルバムの中で描かれていた登場人物もきっと救われたはずだと、美しい日の目を見るような感覚だったんです。それくらい感動的でした。
そして一年の時を経てリリースされたこの「The World of Mercy」
このシングルをリリースするにあたり、雑誌のインタビューでメンバーはそれぞれ、
「The Insulated World」の延長線上の、
とか
前アルバムのアナザーストーリー的な
という表現をされてたのですが、ふたを開けたらそこは
何の慈悲もない世界でした。
この曲でまず特筆すべきは尺。シングルでは異例の10分超え。あくまでも”今のDIR EN GREY”を表現するにはこれが必要だったということ。何事にも迎合しない姿勢がうかがえます。
その長尺のなかで曲中の"主人公の変化"が手に取るようにわかります。
誰もわかってくれない、そういう”心の痛み”を抱えながら虐げられる主人公(MVでは学校でいじめにあう生徒の映像が流れます。)
その”痛み”は徐々に嘆きに、もしかすると諦めに近いものかもしれません。
ただ最初のサビが終わり、様子が少し変わってきます。一旦穏やかになるのですが、ここが変貌への序章、徐々に主人公が狂気に身を堕としていく様が如実に感じられます。そして遂に、
主人公の精神は狂気に侵されてしまいます。
突如やってくる高速スラッシュパート。ここの一気にくる畳みかけが主人公の精神状態がいかに錯乱し、理性を失い、狂気に支配されてしまっているかが分かります。
閃光のように過ぎ去っていく狂乱を抜け、主人公にまた理性が戻ります。
もしかしたら狂気に支配されたまま、壊れたままのほうが、当人としては楽だったのかもしれないんですが、また理性が戻ってきてしまうんですよね。
ここから先は、まるで血の沼でも歩いているかのような、遠くに一筋光が見えるような、でも届くはずもない距離にある光を眺めながら、道なき道を、辿り着くことない目的地を探しながら歩いているような感覚に陥るラストのサビ。そして重たく聴き手に語り掛けてきます。
「無様でも良い 血を流せ お前は生きてる お前の自由を探せ」
何の慈悲も感じられない世界、どうしようもない程辛い世界に直面していても、それでも「生き続けろ」と語りかけてくるこの曲に、「自分はその現実を、世界を受け止めきれるのか?」と本気で考えてしまうほど。
こうやって振り返ると確かに前作であるアルバムと共通する世界観はあるんですが、聴いた当初は救いを感じた後にきたこの曲だったので、「結局主人公は救われてなかったのか」とか「結局慈悲も救いもないのか」と大変ショックを受けてしまいました。まぁ、もちろん今は一生聴き続けていきたい一曲ですけどね。
この曲に触れて初めて本当の意味でバンドが表現する「痛み」に触れた気がしました。
そして気づいたのは
理性と狂気は隣り合わせであること、その垣根を超えてしまう瞬間に痛みが存在する
ということです。
こういう世界観は敬遠されがちですが、よく考えてみてください。わけわからない狂気的な事件って、正直僕らの日常でもそこかしこで起こっているわけです。つまりいつなんどき、自分がその狂気に身を堕としてしまうとも限らない、自分たちの生活のそばに常に狂気が存在することに気付かなければ、意識していないといけないと思わされました。
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