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あの日、あの街で、彼女は。〜プロローグ〜

東京、とうきょう、トーキョー、TOKYO

2017年の春、「東京」への憧れを4年ぶりに果たすことができた。新卒入社のタイミングで上京し、都内の中でもいわゆる都心のど真ん中オフィスへの配属が決まった。

引越しの手伝いに来てくれた家族を新宿駅のバスタまで見送った。日が暮れて、少し肌寒い春の夜。寄り道せずまっすぐに帰るには、なんか寂しくて。ちょっと背伸びして、夜の新宿を味わってみたくて。

なんのお祝いか分からないけど、キールを飲んで乾杯。もちろんひとり。ワインは断然赤ワイン派だけど、カシスの甘酸っぱさと白ワインのスッキリ感を求めて、キールを注文したくなるときがある。

迷った挙句、カルボナーラに決めた。ボロネーゼもペペロンチーノも好きだけど。ピザもあったような。たっぷりの粉チーズと、ふわふわの生クリームも添えられて、見た目だけで選んで良かったと思った。お腹も満たされつつ、これからが本当の意味で人生の始まりだと、彼女は確信したのだった。

東京にいたら、何者かになれると思った。
東京にいることで、何者かになってるつもりだった。
「東京」という街で、心地よい孤独と自由を手に入れて。

高校・大学とも受験で挫折し第一志望には受からず、仮面浪人をしてまで得たかった「学歴」。地方出身者あるあるの東京への漠然とした憧れと、学歴コンプレックスを拗らせまくった末の就活。やっとやっと、第一志望の切符を掴み取った。「第一志望」の道に進めば、人生うまくいくと思い込んでた。

なんとなく友達と違う道を選びたくて、女子大卒進路あるあるの航空業界や金融業界でもなく、パンショク(一般職)でもなく、地元へのUターン就職でもなく、人材業界の「総合職」そして「営業」という肩書きを自分に付けた。

大学の友達、高校までの地元の友達、家族、誰に話しても、営業やってるなんて信じられないって反応をされた。そんなに?やっと決めた人生を信じてくれてもいいじゃん。

「絶対見返してやる」原動力のほとんどが負の感情だ。学歴コンプレックスを抱えて生きてた高校時代からずっとずっと、誰かに認められたくて、必死だったのかもしれない。

営業という仕事柄、5年間でたくさんの街に降り立った。初めての街、もう何度も行き慣れた街、ビルで遮られる空を見上げた日は数えきれない。気づいたら深呼吸をする癖がついていた。コロナ禍でオンライン商談も増えた。でも、その土地に行かないとわからない匂い、湿度、歩いてる人々のことを、今でも時々思い出す。

降り立った街に、彼女はどんな想いを抱えているのか。営業そのものはさておき、パソコンに向かう時間よりも、お客さんに会うために足を運ぶ方が好きだった。

最近の言葉で言うなら、エモいなって思う。退職してから時間が経って記憶が美化されて、でもそれでも残しておきたい。しんどいな、もう記憶から消したいなってことと同時に、忘れたくない、忘れてしまったら完全になかったことになっちゃうって危機感がある。

記憶のかけらたちをここに、書き綴る。

あの日、あの街で、彼女は。


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