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【記事随想】北海道新幹線の並行在来線問題

北海道新幹線は現在、新函館北斗まで開業していますが、2030年度中の開業を目指し、札幌までの建設が進められています。
この北海道新幹線は整備新幹線と呼ばれ、全国新幹鉄道整備法という法律によって、その並行在来線であるJR函館本線の函館-長万部-倶知安-小樽間についてはJR北海道の経営から切り離されることになっています。現在、この北海道新幹線の並行在来線をどうしていくかの議論が活発になされており、既に多くのメディアによって記事・解説されていますが、今回は、この北海道新幹線の並行在来線問題について、私なりの整理雑感を述べてみたいと思います。
なお、北海道新幹線の並行在来線に係る詳細な議論内容等は、北海道庁等のホームページからも見ることができますし、私もよく拝聴している解説系鉄道ユーチューバー「鐵坊主」さんのチャンネルも大変参考になります。

1.函館本線の特徴

JR函館本線は、今回の並行在来線区間である函館-長万部-倶知安-小樽間に加え、札幌、岩見沢、滝川を経由して旭川までを結ぶ、全長400km以上に及ぶJR北海道の基幹路線ですが、その路線の性格は大きく3つに分かれるといっていいでしょう。
まず、函館(正確には五郭駅かも知れませんが)から長万部にかけては、本州と北海道を結ぶ貨物列車が頻繁に行き来し、また、函館から札幌を結ぶ特急も頻繁に走る幹線として機能しています。函館長万部間の輸送密度は1636人/日です(2021年・特急列車含む。コロナ前の2019年は3,397人/日)。
しかしその貨物列車や特急列車は、長万部からは別や室蘭、苫小牧、千歳と都市が連続する室蘭本線に入ってしまい、函館本線の倶知安方面は一転して一日数本のローカル列車が行き来するだけになります。いわゆる「山線」と呼ばれるこのエリアは、ニセコや倶知安といった観光地を通りこそすれ、険しい山岳地帯を抜け、人口は希薄です。余市あたりから乗客は増え始めますが、本格的に乗客が増えるのは電化されている小樽から先となります。長万部から小樽までの輸送密度は340人/日と一気に減少します(コロナ前の2019年は618人/日。なお、同区間のうち余市小樽間に限ればもっと多く、2,000人/日程度はあると思われます)。
電化されている小樽から先は札幌都市圏に組み込まれます。小樽札幌間には特急列車の運行はありませんが、新千歳空港直通の快速エアポートが運転されるなど、一気に乗客が増えます。この区間の輸送密度は30,000人近くになります。コロナ前は40,000人を超えていました。
札幌から先は、北海道第2の都市旭川を結ぶ大幹線で特急カムイ、ライラック、また宗谷本線や石北本線に乗り入れる特急列車も運転されます。札幌都市圏と呼べるのは岩見沢くらいまでで、その区間は25,000人以上、それ以降は4,000人程度の輸送密度ですが、それでも北海道一の大幹線といっていいでしょう。
このように、函館-長万部間と、小樽一札幌-旭川間は幹線として重要な路線になっていますが、その間の長万部-倶知安-小樽間はかなり利用が限定的である、というのが函館本線の特徴です。そのような特徴から、北海道新幹線の並行在来線についても、貨物列車や特急列車も走る函館-長万部間と、利用の少ない長万部-小樽間に分けて、それぞれ渡島ブロック、後志ブロックとして、活用方法の検討が行われてきました。次に、この各ブロックでの読論の状況をざっとおさらいしたいと思います。

2.後志ブロック-路線廃止で合意

先に結論が出たのは長万部-倶知安-小樽間の後志ブロックの方でした。こちらは現在も少ない利用しかなく、買物も特急も走らない超閑散区間ですので、もともと、鉄道として存続した場合に維持し切れるのかという疑念がありました。
沿線には、長万部町、黒松内町、蘭越町、ニセコ町、倶知安町、共和町、仁木町、余市町、そして小樽市がありますが、小樽市以外は市もなく、一大リゾート地であるニセコも、既存の函館本線ではアクセスに難がありました。
一方、余市-小樽間については、現在も比較的多めの旅客需要があり、余市町も余市-小樽間の存続を要望していたことから、①全線存続、②余市-小樽間のみ存続、③全線廃止の3つの選択肢で、それぞれ鉄道存続やバス転換した場合の必要経費等がはじき出されました。
とはいえ、沿線自治体は早くから鉄道の存続を断念する方向で議論が進んでいたのが実情です。既存の在来線区間は設備が古く、その更新費用も考えると、きわめて多くの資金が必要であり、その負担は耐えられないと判断したようです。
末端の小樽市を除くと、沿線で中心となる最大自治体は倶知安町ですが、新幹線の駅ができること、以前私のnoteでも取り上げた跨線橋問題もあって、端から在来線存続には消極的な姿勢でした。その他の町も鉄道利用者は少なく、また町の規模的にも費用負担には耐えられず、結果として、2022年2月に、まず長万部-余市間の廃線が合意されました。一方、余市町は余市-小樽間の存続を希望し続けたため、この区間のみ継続協議となりましたが、それも1ヶ月後の2022年3月末に、全線廃止で沿線市町が合意する結果となりました。

なお、廃止時期ですが、小樽市や倶知安町等は北海道新幹線の開業を待たずに早期に廃止のうえ、バス転換や道路整備を進めたい考えですが、正式には何も決まっていません。また、余市-小樽間は今でもかなりの利用者がおり、本当にバス転換して、ピーク時の輸送を捌き切れるのかもどこまで検証できているかわかりません。

3.渡島ブロック一議論低調も急展開

もう一方の函館長万部間の渡島ブロックですが、後志ブロックと比べると、驚くほど議論は低調です。後志ブロックがこの1年だけでも4回のブロック会議を開いていることに比べると、2021年4月26日に第8回ブロック会議が開かれて以降、1年以上も議論が行われなかったほどです。
この区間は、もともと本州と北海道を結ぶ貨物列車の大動脈であり、ほぼ純粋に地元利用の多寡だけで存廃議論を進められた後志ブロックとは扱いが異なるからだと思います。貨物の取扱いをどうするかなど、地元自治体の意向だけでは議論が進みません。
それもあってか、1年以上議論がなかったわけですが、8月末におよそ1年4ヶ月ぶりにブロック会議が開かれました。まだ北海道庁のホームページには議事録や資料等の掲載はありませんが、報道によると、函館市と北斗市、七飯町が函館-新函館北斗間の鉄道存続を要望、全線維持を表明した自治体はなかったとのことでした。

旅客需要の多い同区間はともかくとして、それ以降の区間については、新幹線開業で走らなくなる特急列車の通過人員を除けば、一般利用は微々たるものであり、年間10億円ともいわれる赤字額を、人口の少ない沿線自治体が支えられるものではありませんので、こういった議論になるのも無理はありません。
一方で、一部報道によれば「貨物の話は別である。それは道や国が決めること」という地元首長の話も出ていたとのことで、旅客営業を続けるか否かについてのみの議論であり、線路そのものを廃止するという話ではないと注釈を付けているようです。

4.今こそ、道と国の覚悟が試される時

さて、後志ブロックについては、当初から廃線濃厚ということでしたので、残念ながらある程度は結論が予測できたのですが、今回、渡島ブロックについても全線存続を希望する自治体がないという意向が示されたことは、大きな意味を持つことになります。
すなわち、貨物列車が頻繁に行き交う新函館北斗-長万部まで廃止されるとしたら、では、貨物はどうするのか?という議論です。こちらについては、今回の渡島ブロック会議の議論の対象外であるという考えが地元自治体から示されているという一部報道があります。たしかに、地元利用中心の旅客列車の話ではなく、本州と北海道を結ぶ大動脈としての貨物列車の話を、地元自治体の負担だけで存続させるかどうかを決めるのは、地元自治体にとっては荷が重い話といえます。「貨物のことは道か国が考えてくれ」というのが地元自治体の思いです。
たしかに、本来であれば、貨物列車をどうするのかについては、地元自治体ではなく、北海道全体の問題として、北海道庁が中心となるか、全国的な貨物列車網の維持という観点に立てば国の関与が必要な領域ですが、これまでもそうであったように、道も国もその腰は重いままです。
驚いたのは、今回の渡島ブロック会議後の会見で、鈴木知事は「北海道庁が中心となって議論するものではない」と発言していることです。JR北海道の経営問題全般について、常に冷淡な対応を取り続けている北海道庁ですが、今回も北海道庁は自らが積極的に関与しようという気持ちが見えません。

しかし、この態度はいかがなものか、というのが私の考えです。
というのも、もともとこの並行在来線というのは、新幹線建設をする代わりに、在来線を地元で引き受けることを合意したからこそ建設が始まったものです。その並行在来線をどうするかという議論ですから、本来であれば、国が関与する話ではないのです。
なお、地元というのは函館市などの市町村のみならず、他の並行在来線転換第三セクター鉄道のように、本来であれば、広域行政を司る都道府県が関与すべきなのですが、北海道庁の発信からは、その気概が全く見えません。これは鈴木現知事のみならず、現参議院議員の高橋前知事時代から全く変わらず、北海道庁は主体的な立場を放棄していると言わざるを得ません。

一方で、本州と北海道を結ぶ大動脈という観点からすれば、並行在来線であるからといって国が全く見向きもしなくてよいというわけにはいかないのもまた事実でしょう。あくまでも主体的に動くべきは北海道庁だと思うのですが、国としても積極的なサポートが求められます。
国も手をこまねいているわけではなく、仮に函館本線が廃止された場合に備え、貨物新幹線構想を検討し始めたという報道もあります。2030年度までに実現することは極めて難しいでしょうが、今後も、全国ネットワークとしての貨物列車網をどうしていくのか、国土交通省の関与も期待したいと思います。

北海道庁と国の腰が重い理由は、やはり費用負担にあります。
北海道庁としては、この函館線の問題が他の北海道内ローカル線の存廃問題の前例になること、不公平感が生じることを極端に恐れているように見えます。すなわち「函館線には金を出したのだから、うちの路線にも金を出してくれ」と言われかねないのです。現在、JR北海道の経営問題によって、既に札沼線の末端区間が廃止され、根室本線の富良野-新得間、そして最近には留萌本線の石狩沼田以遠の廃止が決まりました。これらの沿線自治体から北海道庁からの支援を求められることを恐れているのではないでしょうか。
国も同じです。もし仮に、貨物列車網維持のために何らかの特別な手当てをした場合、他の並行在来線第三セクターの会社等から、同様の支援スキームを求められる可能性はあります。国土交通省の検討会は、北海道を問わず、全国のローカル線について輸送密度1,000人未満の区間について、地域とJRの間で協議会を設け、その在り方を検討する考え方を示しました。こちらも大きな話題となりましたが、国が中心になるとはいえ、上下分離等の地元自治体負担を求める方向性になっています。今回の函館線の対応がその前例となることはあまり好ましくないと思っているのではないかと見えてしまいます。

このように、北海道庁も国も及び腰の中、困るのは、ホクレンをはじめとする北海道内の貨物利用者、全国の貨物利用者です。貨物列車が存続するのか否か、存続しないのであれば代替輸送手段を確保しなければなりません。全てトラックと内航海運で運ぶには、トラック運転手不足や燃料費高騰等もあってどこまで現実的な解が求められるか不透明です。

今夏、大雨災害によるJR奥羽本線の長期不通により、代替手段として石狩-秋田間で船舶代行輸送を始めましたが、どこまで捌き切れるかはわかりません。ただし、函館線廃止で貨物新幹線も間に合わない場合の一つの試金石にはなるかも知れないと思っています。

いずれにせよ、新函館北斗-長万部間の貨物列車をどうするかという問題は北海道内の貨物をどう本州に運ぶかという問題に直結します。渡島ブロックの地元市町間で議論できる内容ではありません。まずは北海道庁が、そして国土交通省も、積極的に、そして早く、覚悟を決めて、方向性を議論する必要があると思います。

(トップ写真は筆者撮影。函館本線ニセコ駅近傍にて)

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