黒く滲む②

六月二十日(水曜日) 21時頃 居酒屋「ちょーちん」


「ありがとうございました」

 森さんの声が店内に響くと、僕も続けて「ありがとうございました」と声を上げた。平日の「ちょーちん」は、週末とは違う穏やかな雰囲気だった。開店時は結構客がいたが、8時を過ぎたあたりで少しずつ客は減ってきた。今はまばらにお客さんが入っているだけだ。

 平日の「ちょーちん」は、三人のアルバイトで回すことが多い。今日は僕と瞳ねぇ、そしてもう一人の女性スタッフの三名だった。

「修也君、最近調子どう?」

 平日の8時以降になるとだいぶ落ち着いていることもあり、少し暇を持て余したスタッフ同士が会話していても、森さんはあまり気にしない。

 もう一人のスタッフの貴子さんが、僕の腕を触りながら話しかけてきた。

 貴子さんは、本名を木田貴子という。僕や瞳ねぇとは違う、地方大学の三年生で、学年は瞳ねぇと同じ三年だ。だが、雰囲気は瞳ねぇと大きく違う。

 明るく茶色の髪は長いため、バンダナをしている後ろからポニーテールのように垂れている。メイクもバッチリしており、耳にはピアス、爪にはネイルアートがしてある。大学では陽気なグループのリーダーといった感じでいつも明るく、時に騒がしいくらいだ。

 瞳ねぇは、しっかりしたお姉さんという感じだが、貴子さんは遊び人という感じで全然タイプは違う。最初は「貴子先輩」と呼んでいたが、本人が呼び捨てにして欲しいと言ってきたので、一応「貴子さん」で落ち着いた。

「元気にやってますよ。貴子さんは最近調子どうですか」

 答えると、少し身を寄せてきた。

「本当に?いいなぁー」

 と眉間に皺を寄せ困った顔をする。

「何かあったんですか?」

 貴子さんは会話の最中も、何度か僕の腕をさすっている。貴子さんは、人へのボディタッチがめちゃくちゃ多い。別にあざとい、とか狙っているわけではなく、無意識なのだ。だから、女性スタッフに対してもボディタッチが多い。

 それは分かっているが、腕に触れられながら悩ましい顔をしていると、ドキドキして、勘違いしそうになる。

「それが、彼氏とうまくいってないんだよねー」

 そして、深く溜息をつく。

 貴子さんはテニス部に所属していて、同じサークルに彼氏がいるらしい。

「喧嘩でもしたんですか」

「いや、ちょっと私がね、お酒を飲むと大胆になるから」

 今でも大胆なのに、もっと大胆になる貴子さんが想像できなかった。

「サークルで飲み会があった時、たまたま近くの男子といい雰囲気になっちゃって」

「それが彼氏にバレたんですか」

「いや、彼氏が目の前にいたの」

 僕は吹き出してしまった。彼氏が目の前にいながら、酔っているとはいえ他の男にちょっかいを出すか。

「お酒はほどほどにしたほうがいいですよ」

 呆れた顔で貴子さんを見るが、貴子さんは神妙な面持ちで続ける。

「ありがとー。でも、お酒が入ると楽しくて、止められないんだよねー」

「何が止められないんですか?」

 貴子さんはニヤリと笑って小さな声で言った。

「エッチな気分になるの」

 僕はまた吹き出してしまった。さすが大胆な性格の持ち主だ。

 そんな話をしていると、森さんがやってきて「貴子ちゃん、今日9時上がりでいい?」と貴子さんに声を掛けた。

 確かに店内は客がまばらなため、バイトは三人もいらなそうだ。

「いいんですか、上がって。イェーイ」

と貴子さんは嬉しそうに言って森さんの腕に触れていた。森さんは触られた腕を見て、ちょっと嬉しそうだった。

「修也君は9時になったら先に休憩行って、次に瞳ちゃん休憩ね」

 貴子さんは「ヤッター」と言いながら、お客が帰ったテーブルの上のグラスや皿を下げ始めた。


 休憩のため少し遅れてスタッフルームに入ると、既に貴子さんは着替え終わっていた。明るい色のロングの髪を下ろし、ソファーのヘリに寄りかかり、携帯を見ていた。白いチューブトップに、タイトなデニムのパンツ姿で、チューブトップの胸の盛り上がりに思わず目線が言ってしまう。おそらくDカップはありそうだ。ソファのヘリが当たっているお尻も、タイトに引き締まっており、そのラインは魅力的だった。身長は150cm後半だと思うが、豊かな胸とお尻の膨らみに細い足とスタイルは非常にいい。

 絶対に森さんは、女性アルバイトを顔と体で選んでいると思った。

 僕が冷蔵庫からお茶を出しソファに腰掛けると、貴子さんはなぜか向かいのソファではなく、僕の隣に座った。

「修也君って、今彼女いないの?」

 突然の質問に動揺する。そして動揺する僕を見て、楽しそうに貴子さんは笑った。

「本当に修也君は分かりやすいね」

 そう言いながら、僕の太腿に貴子さんの太腿をくっつける。

「いないですけど、それがどうしたんですか」緊張を必死で隠しながら答えた。

「んーとね、彼女いないなら私にする?」

 と、さらに色っぽく、上目遣いで僕を見つめてきた。さすが貴子さんだ。普通の男なら、こんな表情をされたら我慢できないだろう。

 貴子さんはさらに、右手の人差し指を自分の胸元に持ってきた。そして、人差し指でチューブトップを僕の方へ引っ張り、わざと胸の谷間が見えるようにしてくる。

 テニスをしているため、鎖骨のあたりには小麦色の健康的な肌が輝いている。そしてその先には、しっかりとした谷間とピンクのブラが目に飛び込んできた。

 触れたくなる衝動を抑え、慌てて横を向いた。貴子さんの性格上、僕をからかって遊んでいるのは明らかだ。

「や、やめてくださいよ」

 僕が顔を背けながら言うと、スタッフルームのドアが開いた。

 入ってきたのは瞳ねぇだ。僕と貴子さんを見て固まっている。おそらく僕は照れて顔を赤くしていただろう。貴子さんは振り向いて「お疲れー」と呑気な声で挨拶をした。

 ゆっくり無表情で僕と貴子さんに近づいてくる瞳ねぇは、「シューヤ君で遊ぶのもほどほどにしなよ」と無機的に言った。

 「はーい」と言いながら僕から離れ立ち上がる。この雰囲気でも相変わらず明るく元気な声だ。やはり僕は遊ばれていたのか、と内心思った。

 貴子さんは瞳ねぇから逃げるように扉に向かい、スタッフルームを出る間際、振り返り「バイバイ、修也君」と手を振ってくれた。僕も「お疲れ様でした」と手を振る。

 次に貴子さんは瞳ねぇを見て、

「ねぇ瞳、修也君、彼女募集中なんだって」

 と言った。僕は「ちがっ」と言いかけた時、瞳ねぇは今までで一番冷たい声で「お疲れさま」と言った。瞳ねぇがどういった表情だったかは分からない。だが貴子さんは、瞳ねぇを見てニコッと笑い、帰っていった。

 貴子さんが出ていくと、

「もう、貴子ってなんであんな感じなの」

 とうんざりした声で向かいのソファに腰掛ける。そして僕の方を見た。いつもの笑顔ではなく、少し表情が硬い。

「それで、貴子と何してたの?」

 詰問のようだ。見た目がお人形のようなので、無表情になると途端に冷たく冷酷な印象に変わる。僕は慌てて言った。

「何もしてないですよ!何も!ただ貴子さんが急に隣に座って近づいてきただけです」

 と冤罪を晴らそうとする容疑者のように、一生懸命弁明した。

「ま、大体想像はつくけどね。貴子が面白がってシューヤ君のこと襲ってきたんでしょ」

 分かっているのに聞いてきたのか。僕は、「そうなんです」と頷いた。

 瞳ねぇが休憩に来たので、僕はフロアに出なければいけない。瞳ねぇに「それじゃあ戻りますね」と言ったら「うん」と頷いた。


 十一時に閉店となり、僕と瞳ねぇは「ちょーちん」を後にした。今日もバイトの終わる時間が同じため、自然と一緒に歩き始める。

 帰り道はその日来た客のことや、大学のこと、自分達の好きな物の話をして帰る。そこでなんとなく気になっていたので、質問してみた。

「そういえば、貴子さんの彼氏ってどういう人なんですか」

 少し睨むように僕を見ると、瞳ねぇは答えた。

「なんで貴子のこと気にしてるの」

 僕は慌てて、アルバイト中の話をした。貴子さんが彼氏と上手くいってないこと。お酒を飲んでハメを外してしまったことを。

「実に貴子らしいね」と言った瞳ねぇは、さらに

「でも、自業自得」と言った。

 続けて僕も「確かに、そうですね」と言うと、お互い顔を見合わせて笑った。

「貴子さんが彼女だと、彼氏さんも大変だろうなー」と調子のって言うと、「あ、貴子に言ってやろう」と瞳ねぇは意地悪な顔をした。僕は慌てて、瞳ねぇに口止めをお願いする。そのやりとりが面白くて、二人でしばらく笑っていた。

「そういえば、瞳ねぇはお酒結構飲むんですか」

 まだアルバイトのスタッフ達と飲んだことは一度もないので、なんとなく聞いてみた。

「え、私?そうだなー」と答えるのに躊躇っている。

「二十歳になりたての頃は結構飲んだこともあるけど、最近はあんまり飲まないようにしてるかな」

「お酒が好きじゃないんですか」

「ううん、お酒も好きだし、飲み会の雰囲気も賑やかで好き。でも前に思いっきり飲んじゃって、ちょっと大変だったの」

 瞳ねぇは珍しく苦笑いした。

「吐いたり、とかですか」

「吐いたりはしないんだけど、私の場合は、酔うとだんだん体の力が抜けて眠くなるんだよね。それで、気づいたら寝ちゃってて、友達の家に泊めてもらった事とかもあってね。そうやって周りに迷惑を掛けたこともあるから、それ以来あんまり飲みすぎないようにしてるんだ」

「なるほど、そうなんですね」

 完璧そうな瞳ねぇでも、お酒で失敗することがあるなんて微笑ましかった。

「シューヤ君は?結構飲むの?」

「僕も好きですよ、お酒。飲むと楽しい気分になるので」

 そうなんだ、と少し視線を下げた後、瞳ねぇは僕の目を見て、

「それじゃあ、今度機会があったら一緒に飲みに行こっか?」

 と言って笑った。少し照れているのを誤魔化しているような、そんな笑顔だ。瞳ねぇの頬が少し赤くなっている。

 僕は、突然の誘いにびっくりしたが、同時にとても嬉しくなった。

「ぜひ、飲みに行きましょう!」

 と言うと、瞳ねぇは安心したような表情に変わって、うん、と頷いた。そして、前を向いた。

 その後も、最近おすすめの本や映画の話、フォローしてるインフルエンサーの話なんかをした。僕が持っている、ちょっと前のアメリカのドラマのDVDの話をしたら、瞳ねぇは見たいと言ったので、今度貸すことになった。

 気付けば、二人が別れる交差点に来ていた。後ろ髪を引かれる思いで、瞳ねぇに手を振って別れた。

 まさか瞳ねぇから誘われるなんて思ってもいなかったから、胸の高まりが抑えられない。鼻歌を歌いながら、階段を駆け上り部屋の鍵を開けた。バイトの後で疲れていたが、瞳ねぇのことを思いながらオナニーをして寝た。



六月二十一日(木曜日) 21時頃


 僕は大学が終わると、図書館で勉強をした後、三沢君の家に向かった。三沢君の家は、僕の家の近くで、歩いて5分位しか離れていない。

 瞳ねぇといつも別れる交差点で、僕は曲がるが、そのまま真っ直ぐ進み二つ目のブロックを曲がると、大きなマンションが見えてくる。

 僕の部屋は二階建てアパートの二階だが、三沢君の部屋は9階建ての8階だ。レンガ調の壁は高級感を醸し出している。さすが弁護士の息子だ。

 エントランスに入る玄関にはオートロックのガラス扉がある。僕は804と数字を打ち呼び出しボタンを押した。程なくガラス扉が開いた。エントランスホールは、夜にも関わらず綺麗な間接照明で彩られている。

 エレベーターに乗り、8階で降りるとベージュのカーペットが敷かれた内廊下があり、わずかにクラシック音楽が流れている。まるでホテルのような高級感だ。廊下を進み、僕は804号室の部屋のインターホンを押した。ガチャッと鍵が開き、扉が開くと三沢君が出迎えてくれた。

「どうぞどうぞ」

 三沢君に促され中に入る。

 部屋はシンプルなワンルームで、通路にトイレとバスルームの扉が二つあり、その先にキッチンと広いワンルームがある。ワンルームの先には、やはり広めのベランダがあり、開放感のある部屋の作りをしている。

 しかしそんな洒落た間取りにも関わらず、三沢君の部屋は、所狭し色々な器具や製作物が置かれ雑多な物置という感じだ。辛うじて壁際のベッドだけが居住空間となっており、三沢君はベッドの上に腰掛けた。僕はとりあえず床に散らばったものを横に寄せて隙間を作り、そこに座った。

 その後で三沢君は、隣の部屋の人が美人だと知った経緯について話してくれた。

 たまたま夜に近くのコンビニに行って帰ってきた時、エレベーターホールの前で待っていると、もう一人エントランスから女性が入ってきた。同じマンションに住んでるから、一応「こんばんは」と挨拶をして、ちらっと顔を見たら、芸能人かと思うくらいの美人だったそうだ。

 しかもエレベーターに乗ると自分と同じ8階で降りてきたからびっくりした。先にエレベーターを降りると、その女性は少し遅れて後ろを歩いてきたらしい。三沢君は、気配で何号室に入るか確認しようとしたが、女性が立ち止まる気配はなかった。そのため、三沢君の部屋に入ってすぐにドアに耳を付けたら、微かな足音が扉の前を通り、隣の部屋の扉が開く音がした。そこで、805号室だと分かったそうだ。

 ことの始終を教えてくれた三沢君は、その子を「ターゲット」にするかどうか確認するために、今日僕を呼んだのだと説明してくれた。

 「ターゲット」とは、僕と三沢君の間での隠語だ。単純に言えば盗撮の対象者ということだ。僕たちは、そうやって今まで何人かの女性の盗撮を行なってきた。

 だがそうは言っても、実際に盗撮が成功することなんてほとんどない。

 ターゲットの女性の家が分かっても、盗撮するための条件はそんなに簡単ではない。まずは、盗撮するためのルートや盗撮方法。さらにはターゲットの生活時間と僕たちの行動時間がマッチすること。それもいつバレるか分からないため、あまり長い時間はかけられないし、必要な逃走経路を確保しておかなければならない。

 今まで実際に成功したのはわずかだ。最も成功したのが、三沢君が撮影した同じ法学部の子だった。

 だが、僕たちにとっては、成功は二の次だった。ターゲットの秘密を探ることが、純粋に僕たちを興奮させた。さらにうまく行った時は大興奮だ。二人で画像を見て満足し、家に帰ってオナニーをする。それだけで十分に楽しかった。

 慣れてくると自然とお互いの仕事の範囲が分かれていく。三沢君は盗撮のための機材やスケージュールを作成する。そして僕は、趣味のカメラを盗撮に活かし、暗闇での撮影方法や、より綺麗に写すための設定を行なっている。

 居酒屋のアルバイトを始めた本当の理由も、盗撮に利用するための新しい望遠レンズを購入するためだった。当然この目的を知っているのは、三沢君だけだ。

 お互いの専門領域が分かれているので、ある意味ベストパートナーだった。

 新しい盗撮のための機材や、撮影方法など、進捗のあったところを互いに説明していった。

 そして、一通りの情報交換を行なった後で三沢君は、

「早めに来てもらったけど、お隣さん多分まだ帰ってこないんだ。時間になるまでお酒でも飲もうか」

 さすが三沢君。隣の人の生活リズムを把握している。

 冷蔵庫からビールを持ってきてくれたので、二人で宅飲みが始まった。

 二人で飲み始めると、盗撮が上手くいった女性の話で盛り上がる。ひとしきり盛り上がった後は、三沢君が文化系サークルの幹部会で得たゴシップネタを披露してくれた。 某音楽系のサークルでは、部費を会計係が横領して退学処分になったとか、某運動部のマネージャーが妊娠して中退したとか、噂話で花が咲いた。

 僕は居酒屋で綺麗な年上の先輩がいる事や、とても大胆な女性がいるお陰で、胸の谷間が見れたと自慢していた。

 だが三沢君はリアルな女性にはあまり関心がなさそうで、そのギャップが面白かった。


 11時30分頃に、三沢君は「そろそろだな」と言って立ち上がり、部屋の一角の玄関モニターの前に行き、モニターを付けた。

「あれ、これってモニターしてることがバレちゃうんじゃない?」

というと、三沢君はちゃんとモニターカメラの起動を示すLEDを消していると説明してくれた。さすが三沢君は抜かりのない男だ。

 そのまま五分位待っていると、エレベーター側の通路に人影が現れた。

 インターホンの端に画面に映っていたのは、暗くて分かりにくいがロブの黒髪を後ろでまとめている女性だ。背筋が伸びモデルのようにしなやかに歩いている。歩くリズムに合わせて、タンクトップの胸の膨らみが少し上下している。

 そして徐々に近づくにつれて、ぼやけていた顔が鮮明に見えてきた。見たことのある顔だ。

 僕は、はっと息を飲んだ。

 それは、瞳ねぇだった。

 瞳ねぇはゆっくりと三沢君の部屋の前を通り過ぎると、隣の部屋の前で立ち止まり鍵を開ける。そして部屋の中へ入っていった。


「なあ、なあ、千葉君!めちゃくちゃ美人だったろ?」

と三沢君は僕の肩を叩く。まるでワールドカップで日本が優勝したようなはしゃぎようだ。だが僕は目を見開き、瞳ねぇが消えた画面をずっと凝視していた。

 三沢君の隣の部屋には瞳ねぇが住んでいる。そんな偶然、想像すらしていなかった。僕は茫然とモニターの前で立ちすくんでいた。

 そんな僕を不審に思った三沢君は僕に尋ねた。

「千葉君のタイプではなかったかい?」

 僕があまりにも何も言わないので、心配そうに三沢君が聞いてきた。どうやら三沢君は、思ったよりも可愛くなかったのではないかと心配しているようだ。

「いや、三沢君風に言うなら、めちゃくちゃ美人だったよ。めちゃくちゃ美人だった。だから、驚いて何も言えなかった」

 なんとか作り笑いをして、三沢君を見た。三沢君は急に笑顔になって、「だよね、だよね」と納得したようだ。

「なんだっけ、ほら。戦隊ものの女幹部役の女の子に似ているよね。ほら、なんだっけ?最近名前変えた子」

 と三沢君は一人で盛り上がっていた。今写っていたモニター越しの瞳ねぇの姿を、三沢君はすでに携帯で撮影していたようだ。携帯に映る瞳ねぇの横顔をアップにして、まじまじと眺めては、「なんで隣にこんな美人がいるのに、今まで気づかなかったんだろう」とぶつぶつ言っている。

 僕は三沢君の携帯の画面を見つめていた。その美しい横顔は、一緒に帰る時に何度も盗み見た横顔だ。

 すっきりとした鼻筋に赤く光沢のある唇。アーモンド型の目は、輝き肌の白さを際だたせる。

 モデルのような美しい歩き方に、強調される胸の膨らみ。

 僕の天使である柏木瞳、その人だ。

「それで、千葉君。」

 さっきまでの笑顔から、三沢君は真剣な表情に変わっていた。

「次のターゲットは今見た隣の子にしようと思うけど、どうだろうか?」

 と、僕に聞いてきた。

 僕の憧れの瞳ねぇ。いつかは、ちゃんと気持ちを伝えたいと思っている。だから、盗撮なんてしてはダメだと分かっている。

 だが、僕の本性はそれを許してはくれない。三沢君の言う通り、ただの傍観者として、彼女の生活を垣間見るだけだ。別に瞳ねぇが嫌な思いをするわけじゃない、と盗撮を正当化している。

 何より、美しく優しい瞳ねぇの、普段決して見ることのできない姿を見たいと強く思った。

 だが、僕の純粋な恋心を知られたくないし、もし知られたら三沢君は止めるかもしれない。僕は悩んだ挙句、三沢君には瞳ねぇがバイト仲間であることを隠すことにした。

「賛成だよ、三沢君。次のターゲットは隣の子にしよう」

と答えた。

 ごめん、瞳ねぇ、と罪悪感が脳裏を掠めたが、同時に瞳ねぇの隠された姿を見れるかもしれないと、胸が高鳴っていた。もしも盗撮に成功したらと、想像するだけで股間が熱くなる。

 その後は、とりあえず三沢君がベランダを使った盗撮方法を考えると言って別れた。


 三沢君に別れを告げて玄関を出ると、隣の805号室の扉の前に立った。表札には何も書かれていない。この扉の向こうに瞳ねぇがいるのかと思うと、不思議な気持ちになった。

 瞳ねぇのことをもっと知りたい。瞳ねぇと付き合いたい。心から思った。

 それと同時に、瞳ねぇの裸が見たいと心から思った。

 純粋な心で瞳ねぇに恋する気持ちと、自分の欲望のままに瞳ねぇのエロい部分を見たいという気持ちが相反している。その矛盾がさらに、僕の中での瞳ねぇの存在を大きくしていった。

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