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WISH

疲労とストレスで耳が聞こえにくくなった時期がある。
周りが楽しそうに話をしているのに自分だけが膜のかかった世界に漂っているような疎外感を味わい、やるせない思いで日々を過ごしていた。

当時は何を見てもどんな音楽を聞いてもモヤモヤは解消されず、幸せそうなものを目にするたびに卑屈に感じた。
それほど辛い毎日を耐えるために心を閉ざしていたのだろう。

ドラマ「silent」で目黒蓮演じる主人公が恋人を遠ざけてしまったのも共感できる。

大切な人と上手く会話をすることができない、自分の思いを十分に伝えられないことに絶望する。

何て自分は不幸なのだろうと悲劇の主人公になりカタルシスに浸る。
一時的にはそんな時間も必要だが、いつまでも立ちすくんでばかりはいられない。

五木寛之の「大河の一滴」(幻冬舎)の中でこんな言葉がある。

世の中はときに澄み、ときに濁る。いわば川の流れと同じようなものだ。中国の大河は、おおむね黄砂をふくんで透明でないことが多いが、清らかに澄んでいないことをひとり嘆き、怒っているばかりでは生きていくことはできない。

幸いにも水が澄んだら自分の大切なものを洗えばよい。魂を洗うこともよし、またおのれの顔を洗うのもよし。そして水が黄色く濁ったとしても、なにも茫然と立ちすくんで怒り悲しむ必要もないではないか。足もとを見るがよい。ほれ、おまえさんのその足は泥の上を歩いて、いつのまにか汚れて泥もこびりついている。

たとえ濁った水といえども、その自分の汚れた足を洗うには十分というものだ。

トーストが焦げたら裏返して食べればいい。

理想通りにならないことが多いかもしれないけれど、それを嘆いて絶望するよりかは今持っているカードで、できることはないかを考え次の一手を打ち出す生き方を選ぶようになった。
今でも落ち込むことはあるけれど、立ち止まらず小さなことでも手を動かしてみる。

あぁ 静けさを 憎んだ あの頃は
風は 笑う様に 砂を巻き上げた

目を凝らしても 答えなどない
空が海を抱いていた あの日

in silence それは in silence 果てしなく
in silence そっと oh my heart 迷っていた

あぁ いくつかの 恋を すり抜けた
街を すり抜けた 真夜中 過ぎのシークレット

耳を澄ましても 波の音だけ
そばにいて欲しかった あの日

in silence キミを in silence 見つめていた
in silence そっと oh my heart 溢れていた

LUNA SEA「IN SILENCE」

今日も皆様にとってよい一日でありますように。
パンがなければケーキを買って食べよう。

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