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マンガも立派な「読書」でしょ!

みなさん、こんにちは。Naseka です。
私は 哲学者・エッセイスト書評家 として、
自らを定義しています。

私の中では広い意味での
エッセイのひとつとして、
書評も書いている。

読書は高校生時代からの趣味だし、
読んで考えたことを伝える手段として
note で発信することを覚えたからね。

私の読書は、小説こそ ほとんど読まないが
(と言いつつ、最近 1冊読んだけど)
新書、学術書、参考書、マンガ と
気になったもの を
(時々は必要に迫られたもの も)
読んでいる。

最近は 世間から周回遅れで、
「鬼滅の刃」を読みだした。
(理由は脱線が長くなるので省略する)

マンガを読んでいた あるとき、
ふと思ったんだ。

「そういえば私は
 『マンガも読書』派だけど、
 人によっては
 『マンガは 読書じゃありません!』
 っていう意見もあるよな…」

今回はそんな話。


そもそも「読書」とは

読書 = 小説 ?

私の狭くて 短い人生経験では、
「趣味は読書です」と答えると、
「どんな小説を読みますか?」
「好きな作家は誰ですか?」
などと質問されることが多かった気がする。

前述のとおり 私は小説の類は読まないから
「新書がメインだし、好きな作家もいない」
と答えると、不思議そうな顔をされた。

だいたい この質問の流れを作る人は
読書の習慣がない人であった。
(別にそれ自体を否定する気はない)

本を読まないに人間には
「読書=小説を読む」
みたいな固定観念が
刷り込まれているのかもしれない。

小説とマンガの違い

私が思うに、世間では
どうも マンガを読むことを
軽んじる風潮がありはしないか。

小説なら 文章の構成や 言葉の選び方で
ストーリーを伝える。
特に目に見えない情景を
いかに読者の頭の中に
想像させられるかが、重要になる。

もしかしたら、この
「目に見えない ものごとを
 文字で伝える・受け取る」
ということが、過大評価されてはいまいか?

たしかに その意味では、
小説は凄いと思う。

昔、自分でも小説を書いてみたいと
考えたことはあるが、
私には どう頑張っても
台本のようにしか書けない。
(「戯曲」といえば聞こえはいいが…)

描写を表現するにも技術が要るが、
それを読む側にも理解する力が求められる。

難解な小説は、読解力が欠ける者が読むと
何を表現したいのかが分からない。

以前、あるマンガを読んでいて
「文字は奇蹟」という言葉に出会ったが、
小説という
「文字を通しての描写のやりとり」は
ある意味ひとつの「奇蹟」なのかもしれない。

「マンガ」は「表現」のひとつ

小説とマンガの最大の違いは
「絵」があることだ。
(小説も挿絵くらいはあるかもしれぬが)

マンガの場合、絵をベースに
セリフに代表される吹き出しや
効果音的な文字を加えることによって
場面を描写する。

ただ、マンガに全く読解力が不要かといえば
私は そうは思わない。

マンガであっても、作者が伝えたい全てを
文字(セリフやナレーション)に
起こしているわけではない。

作中のひとコマに、さりげなく
そのヒントが描かれていることもある。
(熱量の高いファンたちがそれに気づいて、
 考察で盛り上がることも しばしば)

なぜ その人物が そのような行動に至ったのか、
それらを読み解くことに
小説とマンガの違いはないだろう。

つまり、本を通して
伝える・受け取るというのは
小説も マンガも 同じことなのである。
違いは そこに
「絵が介在するかどうか」
だけなのだ。

より大切なのは

しかし、それは「読書」というものにおいて
本質的な問題なのだろうか。

私は読書で何より大切なものは
「その本を読んで
 自身が何を感じるか、何を考えるか」

であると思う。

学習のための読書
(もはや勉強といっていい気もするが)
に関してだけは、
それを自身で理解できるか否かが
重要であるとは思うけれど。

読書をする意味とは

そもそも、読書をする意味とは何なのか?

娯楽のため、
話題作りのため、
学びを得るため、
仕事のため…

読書をする「目的」ならば、
パッと思いつくのだが。

ただ、目的は何であれ
最終的に大事なのは
「自身が その本を読んで
 何を感じたか・考えたか・得られたのか」

ではないだろうか。

もし その答えが
「何もない」だとしたら、
その読書に意味はあったと
言えるのだろうか。

仮に
「自分には得るものがなかった」
「読むだけ無駄な本だった」
という感想であったとしても、
それが分かっただけでも意味はある。
(ソクラテスの「無知の知」にも通ずる)

故に 読書については、
「何を読んだか」
「中身がどうだったか」
「表現方法がどうだったか」
…などといったことは、
あくまで過程でしかないのだ。

大切なのは自身の感情

気後れすることはない

自信を持って、
自分の意見が言えることが大事なのだ。

好きな作品であれば、
その作品のどこが どう好きなのかを
自分の言葉で語れることが大事なのだ。

いくら世間的に
聞こえがいい本を読んでいても、
そこに自分の感情が
紐付かないなら意味がないし、
何より そんな味気ない読書に
時間を割くのは勿体ない。
(話題作りや勉強のために
 読むのなら話は別だが)

マンガも立派な読書である

マンガを読むことに 引け目を感じている人たちに、
私は声を大にして言いたい。

諸君、読書なんて 高尚でも何でもない。
堂々と好きな本を読もう。
マンガも立派な読書である!

Naseka 

お読みいただき、ありがとうございました。


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