見出し画像

本屋で買ったマイアンモナイト

昨年、素敵なエッセイを読んだ。

アンモナイトを君に | 赤夏 #pixiv

アンモナイトを見に足繁く通う御友人さんも、そんな御友人さんにアンモナイトを贈る筆者さんも素敵。
何より『マイアンモナイト』という言葉に心惹かれた。



マイアンモナイト、自分のアンモナイト。
とても素敵な響きだ。

アンモナイトといえば、博物館の中でも沢山ある展示物の中のひとつ、という認識で、最後に見たのもいつ頃だったか定かではない。某無人島生活ゲームで掘り出したのが一番記憶に新しいかもしれない。

マイアンモナイトという言葉に出会った今、ちゃんと『アンモナイト』が見たい。
叶うなら、私もマイアンモナイトを持ってみたい。

年明けすぐに作ったやりたいことリストに「アンモナイトを見に行く」と書いた。



二月に入ってすぐ、近所の本屋を訪れた。
そこそこの品揃えで、CDや文房具も取り扱うそれなりの規模の書店は、幼い頃からお気に入りの店のひとつだ。
そこでは時折、小規模なフェアを開催していて、その内容は本に限らない。昨年の夏頃には夏休みにあわせてか、ミニチュアキットのフェアを開催していた。

レジ前に立つ四段のスチールラックに、細々とした商品たちが並んでいるのが見えた。
近付いたラックには手書きのポップが飾られている。

『化石・鉱物フェア』

二つのスチールラックにはそれぞれ化石と鉱物を抱える小さな箱たちが陳列されている。
化石のラックの一番上、棚の真ん中辺りにまぁるく渦を巻いた灰色、飴色を抱く箱がいくつも並んでいる。

アンモナイトだった。

オタク特有の願掛けのひとつに「書(描)いたら出る」というものがある。けれどまさかこんなに早く叶う機会が来るなんて思いもしなかった。正直、早すぎないか??? まぁ、でも、ソシャゲのガチャで一か月と考えたら、待ったほうかもしれない。
とはいえ、見るだけのみならず、マイアンモナイトを持つ機会が早々にやってきたわけで。そりゃ焦りもする。

本当に色んな形のアンモナイトがあった。
小さなものは人差し指の第一関節くらいから、大きいものは幼児の手のサイズくらいまで。
まるっとそのままの形で出土してきたであろうもの、縦にぱかりと割られて断面が見えるもの。
価格は大きさで異なり、一番安価で700円程度、高価なもので7,000円ちょっと。真ん中は4,000円ほど。

買える、買えてしまう。
頑張ればマイアンモナイトが手に入ってしまう。

でも、ここで即決してしまっていいのだろうか。
化石は一点物ということは分かっている。気に入ったものがあれば出会ったその時が買い時なんだろう。
しかし、自分の経験上、焦ってした買い物は焦っただけ思い入れがなくなってしまったり、後で後悔したりと良い思い出が少ない。

悩んだ。
悩んで、結局その日は買うのを辞めた。


それからしばらくして、またその本屋を訪れた。
普段使っているボールペンの替え芯を買う目的で入った店内に、まだ化石と鉱物たちが並んでいる。
替え芯を手に、新刊コーナーや文庫本のコーナーをしばらく巡った。
気になる本を眺めながらも、頭の中ではアンモナイトが気になって仕方なかった。
この瞬間だけじゃない。マイアンモナイトを持てるかもしれないと分かったときから、ずっと気になっていた。

スチールラックの前に立ち、いくつかの箱の中身を吟味した。
大きさ的にも価格的にも真ん中あたりのものが丁度良いと思って眺めた。丸いまま収まっているものより、飴色をした、断面が分かるものに心惹かれた。二つにまで候補が絞られた。
悩んで、悩んで、ようやくひとつを選んだ。

会計をし、店員さんが緩衝材に丁寧に包んでくださった小さな箱と、ペンの替え芯を持ち帰った。


その日の眠る前、晴れてマイアンモナイトとなったそれと対峙した。
箱の蓋を開けた瞬間、夢のようにさらさらと消えてなくなってしまうのではと考えて怯えたが、よく考えれば切断までされ、梱包されてここまでやって来たんだから大丈夫だと思い直し、少し固めの蓋を開けた。


透明なプラスチック製の窓から見ていた時よりも、その表面はつやつやとしていて、螺旋いっぱいに飴色の鉱石が詰まっているようなその姿を、まじまじと見つめた。
触れるとひんやりとしていている。
クッション代わりの脱脂綿に面した裏側はごつごつとしていて、洗われ乾かぬうちに脱脂綿に埋まったのか、線維が絡んでしまっている箇所もある。

実物を見た経験が少ない私でも分かるほど、それは紛うことなくアンモナイトだった。

箱には、簡易的な説明文が書かれていた。
『アンモナイト(頭足類) Ammonites
 白亜紀前期 (Albian) 約1億年前』

令和六年の今、この手の中に一億年前に生きていた生き物の化石がある。
長い時間をかけて、色んな手間をかけられて、この生き物は私の手元に辿り着いた。途方もない旅路だっただろうに。
そう考えると、この手の中にある化石に何とも言い難い、不思議な感情が湧いた。


果たして、またひとつ私はやりたいことリストを達成し、念願の『マイアンモナイト』を手に入れたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?