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【Management Talk】「デジタルでもアナログでも便利に安全に」名古屋からしるしの価値を提供する100年企業が目指す未来

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、さまざまな企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第44回のゲストは、シヤチハタ株式会社 代表取締役社長の舟橋正剛さんです。2025年で創業100年を迎える名古屋の老舗企業は、アナログでははんこで、デジタルでは電子印鑑でしるしの価値を提供しています。4代目社長である舟橋正剛社長にシヤチハタの過去、現在、未来についてじっくりお話しいただきました。

シヤチハタ株式会社
1925年乾かないスタンプ台「万年スタンプ台」で創業。1965年にスタンプ台不要で押せるスタンプ「Xスタンパー」を開発。大阪万博をきっかけにビジネスシーンからホームユースまで広く認知されている。現在では、スタンプだけではなく、筆記具・ステーショナリーなどの文具全般、電子決裁などのデジタルサービス、素材ビジネスなどにも積極的に取り組む。2025年には創業100年を迎える老舗企業でもある。


デジタル上でもはんこがあったほうがわかりやすいという声

別所:はじめにシヤチハタさんの事業や歴史について教えてください。

舟橋:シヤチハタは1925年にスタンプ台を作るところからスタートした会社です。創業者はもともと名古屋で薬売りをしていました。当時、薬を紙袋に入れ、はんこを押してお客さんに渡していたそうですが、当時のスタンプ台はインキがすぐに蒸発して非常に不便なものだったようです。そこで、創業者は自ら研究に取り組み、試行錯誤の末、蓋を開けていても表面が乾かず、きれいに押せて印影は早く乾くという画期的なスタンプ台を開発しました。

別所:最初はスタンプ台だったんですね。しかも、創業者が自ら開発したという。

舟橋:創業者は非常に熱心な研究者でした。その後、高度成長期には、スタンプ台にインキをつける作業さえ面倒になるのではと考え、ゴムのなかにインキを含ませることで、スタンプ台を使わず繰り返し押せる「Xスタンパー」を発明しました。1965年には事務用途向けとして「Xスタンパー ビジネス用」、1968年には名前が押せる初代ネーム印「ネーム」を発売しました。1970年の大阪万博での認知拡大もあって、多くの企業でご利用いただき、その後、ご家庭でも使っていただけるような商品となりました。

別所:こんなものがあったらいいな、を実現し、不便を便利にしてきたわけですね。

舟橋:そうですね。スタンプ台のあとにXスタンパー、さらに1995年からは電子印鑑システム「パソコン決裁」も手がけています。シヤチハタは前の商品を否定して成長してきたという綺麗なストーリーでまとめていただくことも多いですが、単純に、危機感に対応しているだけなんですよね。電子印鑑への取り組みも、社会のデジタル化によってはんこが不要になってしまうかもしれないと強い危機感を抱いたことから取り組みました。

別所:1995年というと相当早い時期から電子印鑑に取り組んでいらっしゃることになりますね。

舟橋:ええ、私が入社する前からのことです。当時まだオフィスに一人一台パソコンがない時代でしたが、Windows95の登場を目の当たりにして、将来、決裁のかたちが変わるであろうと考えたところからです。そこから、トライアンドエラーを繰り返しながら地道に開発を進めてきました。

別所:その流れで現在展開されている電子決裁サービス「シヤチハタクラウド」も生まれたわけですね。

舟橋:おっしゃるとおりです。シヤチハタクラウドはパソコン決裁を進化させたサービスです。2000年前後、スタンダードな技術であったクライアント/サーバー管理からクラウド上で使えるように対応したり、パソコンだけではなくてタブレットやスマホでも使えるようにしたり、時代に合わせて進化させてきました。また現在は、高額なソフトウェアを販売するのではなくサブスクリプションモデルが主流だと思います。シヤチハタクラウドも、1印影を月額110円から契約いただけて、どれだけ使っても定額という販売スタイルをとっています。

別所:なるほど。

舟橋:ただ、電子決裁を手がけているといっても、私たちはIT企業ではないものですから、IT企業と競合するだけではなく、協業も視野に入れています。IT企業が展開されている電子決裁の場合、社外との契約ベースで使われるケースが多いと思います。一方、私たちの商品は、何十年も前から、社内で上司に稟議や報告書を回すときに使っていただくことが多かった。ですので、デジタル上でも、社内でものごとをスムーズに伝えるためにご活用いただこうと考えていました。働き方改革やコロナの影響に対応するなかで機能拡張していった結果、現在のかたちに落ち着いたというところです。

別所:もともとの考え方からして、IT企業とは一線を画していたわけですね。

舟橋:はい。今後どのように発展していくかはまだまださまざまな可能性があると考えています。そもそも電子決裁自体には、見た目上に印影が無くても機能、セキュリティ上はまったく問題がありません。しかしながら、私たちが約30年にわたって電子印鑑、電子決裁に取り組むなかで、たくさんのお客様から、やはりデジタル上でもアナログと同じように合意や承認のしるしがある方がビジネス上わかりやすいというお声をいただくことがとても多いです。極端な話をすれば、必要とされればIT企業に合意のしるしに使う印影を提供するというやり方もあります。

別所:長年、しるしを提供し続けてきたシヤチハタさんの信頼感は大きいですからね。そういう意味でも御社は確固たるブランドをお持ちだと思うのですが、舟橋社長はシヤチハタブランドについてどのようにお考えでしょうか。


シヤチハタ ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションの活性化

舟橋:シヤチハタのいう社名の由来のお話しをしますと、そもそも創業当時、日の丸を商標の一部として使用している時期がありました。しかしながら、日の丸は日本の国旗なので使ってはいけないと指摘を受けて、急遽、他のものを考えることとなりました。考えた末に、日の丸の中に名古屋のシンボルである名古屋城の金の鯱を収めた「鯱旗印(シヤチハタじるし)」としました。そこから現在の社名「シヤチハタ」になりました(笑)。

初期の頃のロゴ 

別所:面白い(笑)。

舟橋:ブランディングについては、昭和50年代、60年代、今の会長が社長だった時に、メディアを使った広告戦略をかなり積極的に展開しました。その結果、認知が広がってたくさんの企業や家庭で使っていただけるようになりました。

別所:ええ。

舟橋:ありがたいことに、社名が広まったことで、名古屋の中小企業であるにもかかわらず、シヤチハタという名前はほとんどの方に認知いただけるブランドになりました。本当にありがたいと感じています。お客様と私たちの諸先輩方が商品を通して一緒にブランドをつくりあげてくださったと感じています。そして、現在、はんこはデジタル化によりビジネスで使われるシーンが減りました。私たちは、個人が楽しめるクラフト系商材や厳しい使用環境で求められる産業用途分野など新しいジャンルへの進出を試みています。しかし、商品の流通を介したブランディングというのは難しいと感じています。現在では、提供する商品やサービスの特長をインターネットやSNSなどを通して、直接お客様に訴えかけることが必要ですし、ストーリー性を含めたわかりやすいかたちで発信することが求められています。そうすることで、流通やお客様、さらに、当社の社員に至るまで、シヤチハタの事業をより深く認知していただきブランディングを図っていく。そういう手法に切り替えつつあります。

別所:さらに、錚々たるデザイナーの方々が審査員に名を連ねる「シヤチハタ ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」も御社のブランディングに大きく寄与していると思います。

舟橋:ありがとうございます。実は、デザインコンペである「シヤチハタ ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」は1999年から2008年までの10年間にわたって開催した後、いったん中断をしていました。これは、優秀な受賞作品が多い中で、商品化を前提としたコンペであったことから、社内で商品企画開発を進めるのに時間がかかってしまったことが要因でした。そこで、社内の開発体制などを整えた上で2018年に改めて開催しています。
社長就任後で一番大きな転機となったのはリーマンショックでした。

別所:リーマンショックが。

舟橋:当社が受けた影響も小さいものではありませんでした。2008年頃のシヤチハタの商品はオフィスに提供するBtoB向けものが大半でBtoC向けの商品が少なかったんです。一方、周囲を見渡したときに、他の流通やメーカーもBtoC向けのビジネスを手がけている企業はあまり大きなダメージを受けていませんでした。当時、私たちは、バランスのよい商品群を目指してBtoC向けの商品を増やそうとしていました。しかし、オフィスをいかに便利にするかを追求してきたので、個人が楽しく使えるようなBtoC向けの商品を開発するにあたって重要となる知見やアイデアが少なかったかもしれません。そこで、若い商品企画担当者を採用し若手の柔軟なアイデアを活用して開発を進めています。また、産学連携も継続的に実施し新鮮なアイデアに触れる機会も設けています。デザインコンペも同様の目的です。広く世の中からデザインやアイデアを問うコンペの意義を改めて強く認識することになったわけです。再開後は、自社の通常ルートでの販売向けには難しかったアイデアでも自社ECサイトでテスト販売として発売したり、クラウドファンディングでお客様のニーズを直接感じることができたりと、チャレンジしやすい環境も整ってきたので新しいことに取り組むことができています。

別所:いいですね。テクノロジーが発達しようやく時代が追いついてきたと。その流れで言うと、Web3やNFTも話題です。シヤチハタさんは事業の性質上、そういった技術と非常に相性がよいかと思いますがいかがでしょう。


さまざまな挑戦のきっかけになった万博

舟橋:今年からWEB3ソリューションを提供するシヤチハタブランドアンドセキュリティーズという合弁会社を設立し動きはじめたところです。直近では、学校法人である創志学園様が運営するクラーク記念国際高等学校様とアライアンスを組むご縁があり、別の協力企業様が提供したメタバース空間を創造するとともに、生徒の方々にNFT技術を活用した学生証を発行する試みを行っています。

別所:非常に先進的ですね。

舟橋:たくさんのビジネス上のつながりに恵まれたおかげでさまざまな分野で積極的に挑戦できています。NFTやメタバースに対しては、現実の社会生活に役立つサービスなのかよくわからないという意見もありますが、逆にそのようなタイミングで参入しないと遅いのではと考えています。もちろん事業としてのリスクもあるとは思いますが、さまざまなニーズがあるではと感じています。

別所:おっしゃる通りです。僕たちも「LIFE LOG BOX」という事業でWeb3やクリエイターのデジタルアセットマネジメントを手がけていて、今後さらに映画祭と組み合わせた展開を仕掛けていく構想があります。先ほどから舟橋社長のお話を伺いながらシヤチハタさんとならどんな楽しいことができるだろうかと考えていました。たとえば、僕たちの映画祭にノミネートされたり受賞されたりした監督に贈るローレルを一緒に作るなんてぴったりじゃないでしょうか。映画祭にとって象徴的なしるしであり、クリエイターにとっても名誉の証であるローレルをデジタルではブロックチェーン上の裏書とともに、アナログでは実物のはんことして届けられたらとても素敵だなって。まさに長年、しるしの価値を提供してこられているシヤチハタさんと僕たち映画祭の組み合わせでしかできない画期的なパートナーシップになりますよ。

舟橋:ありがとうございます(笑)。デジタル上でのエンブレムとNFTなどの新しい技術は相性がいいと思います。そのエンブレムが本物だと証明できることが現在のNFTの価値だと思います。シヤチハタが提供するNFTで唯一無二を証明してくれるのであればさらに安心だと皆様から信頼していただけるような世界をうまく作り出していきたいです。

別所:ぜひ来年から映画祭を通して、デジタルとアナログでシヤチハタブランドをグローバルに発信していきましょう! また改めてご相談に乗ってください(笑)。そして、シヤチハタさんは2025年に創業100周年を迎えます。ちょうど大阪万博の年でもありますが、1970年の大阪万博のときにはさまざまな取り組みをなさったんですよね。

舟橋:ええ。私たちがXスタンパーを発売開始したのは1965年です。1970年の大阪万博の時には、多くのパビリオンやブースで記念スタンプとして使っていただきました。当時としては画期的な多色仕様のスタンプも提供していました。それをきっかけにスタンプの便利さ、楽しさを提供する企業として広く認知されたという歴史があります。2005年の愛知万博でも、版画のように重ね押しができるXスタンパーを使ったワークショップを開催してたくさんの方に楽しんでいただきました。その技術を応用した「重ね捺しスタンプラリー」は、コロナ前から取り組んでいるサービスで、色ごとに分かれたスタンプを順番に重ねて押すことでカラフルな1枚の作品になる商品です。施設や観光地に設置することで、回遊性が高まることからコロナ後の現在では、大変好評をいただいております。

別所:万博がきっかけで生まれた技術や企画がその後脈々と育っているわけですね。

舟橋:そうですね。開催期間も長いのでさまざまな挑戦のきっかけになっています。2025年の大阪万博に向けても機会があれば色々お手伝いさせていただければと考えています。

別所:楽しみですね。それでは最後に、シヤチハタさんのこれから事業、この先の未来について舟橋社長のお考えを聞かせてください。

舟橋:この先、働き方はますます変わってくるでしょう。いま、ペーパーレス化が進んでいるとはいえ、まだまだ紙は使われていると思います。しかし、自分の子どももそうですが、今の子どもたちはあまり紙を使わない印象があります。彼らの世代が世の中を動かすようになる20年先の未来は状況が大きく変わっているのではと思います。近い将来、私たちが提供しているスタンプ関連商品の半分くらいは不要になっているかもしれません。しかし、新しい「しるしの価値」を追求することで、趣味性が高い個人使いの商品や産業用途向けなどでスタンプやはんこの需要はこれからも生み出されるのではないでしょうか。そのために、私たちはお客様のニーズをしっかり把握して対応していく必要があります。シヤチハタは「しるしの価値」を提供してきた会社です。これからも、スタンプやはんこのアナログ商品でも、NFTを含めたデジタルサービスでも、便利に安全にしるしをつけられるのはシヤチハタであると皆様に感じていただけるような未来を作れたらいいなと考えています。


(2023.9.27)


【舟橋正剛】
1965年愛知県名古屋市出身。米リンチバーグ大経営大学院修士課程修了後、電通に入社後、主に企業のプロモーションを担当したのち、1997年シヤチハタに入社。経営企画やマーケティング部門を経験後、常務、副社長を経て、2006年から現職。従来のプロダクトの枠にとどまらない商品や、デジタル関連サービス、素材ビジネスまでジャンルにとらわれない「しるしの価値」を追求する。