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過疎で生まれた余白に新たな風を。神山町が示した地方創生ニューモデルとは?

こんにちは!
ブランディングテクノロジーの公式noteに寄稿をさせていただいております、山崎です!

今回は、独自のアプローチでローカルブランディング戦略を展開中のある町に着目し、その戦略を分析してみたいと思います。

本記事で取り上げさせていただくのは、徳島県の神山町。
取り上げさせていただくきっかけになったのは、ふと目にしたこのニュース。

『地方創生のフロントランナー、神山町が高専を設立 | 日経ビジネス』

東証マザーズ上場企業の社長や電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターが神山町に集結し、世界を舞台に変化を起こせる若者を育成する(私立)高等専門学校を設立するプロジェクトをスタートさせたというもの。

なぜ、今、人口約6000人ほどののどかな田舎町にそのようなビッグネームが集まっているのか。

その舞台裏を探ると、地方の過疎地域ならではと言える新たな創生の形が見えました。同じく過疎地域と言われ、人口減少・流出をはじめとする問題を向き合ってこられた方々にとって、現状を打開するヒントとなるような情報をご提供できるよう書いてまいります!

神山町とは?

『神山について | WEEK神山』によると…

“神山町は徳島市内から40~50分のところに位置する中山間部の スダチの生産量日本一。人口約6,000人。高齢化率は46%に達する過疎地ですが、町内全域に整備された高速ブロードバンド網があり、近年はサテライトオフィスを開設する企業やデザイナー、お店を開く人、起業する人、農業を営む人など、さまざまな人が移住してきています。また、15年続くアーティスト・イン・レジデンスにより国内外のアーティストが滞在するアートの町でもあります。 四国霊場のお遍路道があり、古くから住還する旅人も多く、多様な人が入り交じる町、それが神山町です。”

(画像引用元:日本郵政グループHP 店舗検索

今、この神山町では、過疎地におけるもっとも大きな問題を「雇用・仕事がないこと」と捉え、仕事を持った人、仕事を創り出す人を集める活動が続けられています。具体的に取り組んでいるプロジェクトは多岐にわたり、『ワークインレジデンス(仕事を持った移住者の誘致)』、『サテライトオフィス(場所を選ばない企業の誘致)』など。その取り組みに賛同・参加を表明する多くの企業が神山町にオフィスを構えています。

・株式会社ダンクソフト
・株式会社パイロット
・徳島県庁サテライトオフィス「とくしま新未来創造オフィス」
・株式会社代官山ワークス「tomos」
・Take Energy Corporation株式会社
・株式会社阿波銀行
・楽研株式会社
・株式会社NTTドコモ  など…

徳島県内各地で同様の取り組みが広がっていますが、初期からいち早く動き始めていたのが神山町。

(画像引用元:活況呈する徳島県のサテライトオフィス 〜課題と可能性〜

前身組織の始まりは、戦難を逃れたアリス人形?

神山町の取り組みの中心には、特定非営利活動法人『グリーンバレー』とその理事長・大南信也氏がいます。大南氏は地元・神山町の出身で建設会社の2代目として会社を経営。前身となる組織の始まりは、戦難を逃れた1体のアリス人形でした。

“学生時代は「必ず神山へ戻るから」という約束を父親と交わし、カリフォルニア州のIT先進都市・シリコンバレーの大学へ留学。その後、地元へ戻ると母校である地元の小学校に、日米友好の証として戦前アメリカから贈られた青い目の人形『アリス』が戦難を免れまだ残されていることを知った。

大南さんは「アリスを贈り主の元へ帰してあげたい」と思い、『アリス里帰り推進委員会』を結成。アリスのアメリカ里帰りを無事に果たした後、その推進委員会から5人のメンバーが集結して『神山町国際交流協会』を設立した。それが現在の『グリーンバレー』の前身組織となった。”

1997年 『とくしま国際文化村プロジェクト』
1999年 『神山アーティスト・イン・レジデンス事業』
2010年 都内のITベンチャー企業が神山町にサテライトオフィスを開設

町内の古い空き家を改装して開設したサテライトオフィスが完成すると、スタッフが川辺の岩場にのんびり腰掛けながらノートパソコンを開き、東京本社とチャットで打ち合わせをする姿が様々なメディアで紹介され、話題に。

参照:『地方創生の成功例・神山町はどのようにして移住者を惹きつけたのか?① | LIFULL HOME'S PRESS』

独自の地方創生「神山モデル」が成功した5つの要因

①『創造的過疎』というフラットな考え方
「過疎」という言葉を聞くと、ネガティブなイメージをもたれたり悲観的になったりする方が多い印象がありますが、神山町の「過疎」の捉え方はそれとは異なるものです。

“神山町を表す言葉として知られる〈創造的過疎〉は、大南氏が2007年に作った造語だ。過疎化の現状を受入れ、過疎の中身を改善する。若者や創造的な人材を誘致し、人口構成の健全化を図り、多様な働き方が可能なビジネスの場としての価値を高めることで、農林業だけに頼らない、持続可能な地域を目指すというコンセプトである。”

参照:『「創造的過疎」神山町の今 サービス・農業で続々新ビジネス|月刊 j業構想』

悲観的になるとアイディアが出づらくなったり他地域と比較をしてしまったりしてしまいますが、大南氏らは「過疎」という現実をフラットに見て、改善思考を用いて向き合っていることが言葉から伝わってきます。

過疎地域において活性化・創生の取り組みにあたる人物が持つべき在り方の1つとして、こうした姿勢は必要不可欠と言えるのではないでしょうか。

(画像引用元:
『「創造的過疎」神山町の今 サービス・農業で続々新ビジネス | 月刊 事業構想』


②主導者の強みを活かした最初の一手
『四国の山里で働くという選択──IT企業が惹きつけられる町・徳島県神山町|あしたのコミュニティーラボ』を読むと、県内全域にインターネットを利用するための光ファイバー網を整備するきっかけになったのは、知事の経歴に関係していたのだと言います。

“神山町は光ファイバー網完備。そもそも徳島県は現知事が総務省で情報関連の担当部署に長くいただけに情報化に熱心で、2000年代半ばから県内全域に光ファイバー網を整備してきた。”

何かを進める際、何か変化を起こす際には、そのトップの情熱や覚悟がその推進力・影響力に直結するものだと思います。神山町の例でも、トップの考えを起点に取り組んだ結果、県内全域を巻き込んでスピーディーに事態が進むほどに規模が拡大していったと言えるでしょう。

他の県がやっているから、あそこの地域が取り組んでいたから…という理由で施策を考えるよりも、(たとえ前例がないとしても)トップが情熱と覚悟を持って進められる方法で独自に取り組むことが良い結果につながるという証明になるような動きですね。

この光ファイバー網の整備がなければ、高速ンターネット環境を土台とする神山流の地方創生は生まれなかったと言っても過言ではないでしょう。


③ニーズ・インサイトに響いたアプローチ
神山流・地方創生がうまくいっている要因の中でも、最も影響力が大きかった一手は「ターゲットのニーズ・インサイトに響いたこと」があると考えています。

というのも、現在世の中で広く使われている商品や流通しているサービスの中には、2通りがあると思っています。1つが、「好んで使われているもの」。2つ目が、「他に最適なものがないから、使われているもの」。

後者の「他に選択肢がないからそれを使ってる」という商品やサービスは思っているよりも多く、こうした未発達領域においては「より最適なもの」が登場するとユーザーはそちらを選ぶでしょう。神山町は、まさにこの未発達領域に対してアプローチし、より最適な選択肢として『ワークインレジデンス』、『サテライトオフィス』などのプロジェクトを提案し、ユーザーを巻き込んでいった。

具体的には、IT企業の中でも、「東京に拠点を置いているけど、必ずしも東京で働きたいor東京でなければならない理由はない。もし他にいい選択肢があれば、そちらを選択するのに…」という層のニーズを的確に捉えたのです。

④官民の協業による持続可能性な体制
しかしながら、どんなに的確なアイディアがあってもそれを実現し、続けていくことができなければ目指すところにはたどり着けません。地方創生において持続可能である状態の1つに、官民一体となって取り組みを進めている状態。神山町の取り組みは、その好例の1つ。

具体的には、県が補助金などの支援制度に加え、プロモーションやHPを通じたPRを進めていくことによって、サテライトオフィスの新規開設をサポート。一方で、『【徳島県神山町】メディアの神山町が全てじゃない―移住者と地元民の間の私―』を読んでもわかるように、地元住民は移住、参入によって町外から訪れる人に対して迎え入れる姿勢を示し、交流を深めていく。

住民、民間企業、行政は、それぞれに役割とできることが異なるため、各々の役割を全うできるような協力関係を築くことで、効果的、かつ持続可能な取り組みが実現するのです。

そのような過程を経て町内に馴染んでいった企業の中には、町内に一人暮らしの高齢者が増えているという背景を踏まえ、町の飲食店がつくるお弁当の配達、家事支援と利用者の“見守り”を組み合わせたサービスをサポートする企業も出てきていると言います。

(画像引用元:『「サービス」ではなく「親戚の家にごはんを持っていくみたい」に。|雛形』

⑤ニーズを満たした神山情報の豊富さ
最後に、他の過疎地域や地方創生に取り組む地域に比べて頭一つ抜きん出ている点があります。それは、情報の量と質。神山町に興味を持った人が知りたいと思うであろう情報を、大量に、質高く発信しているのです。

◯町民の顔と声が感じられる。

参照:神山町HP

◯サテライトオフィス利用企業の声が聞ける。

参照:Tokushima Working styles

◯求人募集側の声が届く。

参照:イン神山

神山町に移住したい、もしくはサテライトオフィスを持ちたいを思って調べた人にとって、豊富な情報量で語られた各種コンテンツは安心感につながるでしょう。不安や疑問があっても、きっとこの中のどれかが解決、もしくは緩和をしてくれるはずです。それによって、読者がさらに神山に興味を寄せたり身近に感じたりする。

一方で、情報発信量が少ないとどうでしょう。その町の中身が見えず、「行ってみないとわからない」状態になってしまいます。その状態で移住や移転を検討するのは、もはや賭け。それだけのリスクを負ってまで決断する人は少ないはずです。

そう考えると、本当は魅力的な要素がたくさんあっても、情報量が少ないことで敬遠されてしまっているような町は少なくないのではないでしょうか。

神山流・地方創生 成功要因分析まとめ

今回は、『ワークインレジデンス』、『サテライトオフィス』などの取り組みを中心とした神山流・地方創生の5つの成功要因を分析してみました。

⑴「過疎」という現実に対して改善思考で向き合った
⑵トップが情熱や覚悟を持てる施策を進めた
⑶ニーズ・インサイトを理解したアプローチだった
⑷官民の協業による持続可能性な体制があった
⑸神山町を知るための情報量が圧倒的だった

これらを通して、神山町は唯一無二のローカルブランディングを遂げました。

(図式引用先:『書籍のご案内 - インターブランドジャパン』)

もしも、読んでくださっている方の中に過疎地域で地方創生に取り組んでいらっしゃる方がいましたら、ローカルブランディング・マーケティングの一例としてこの神山町分析をご活用いただけますと幸いです。


最後に、ローカルブランディング・マーケティングにおいて大切な視点を語っておられる大南氏の言葉を添えさせていただきます。

ご覧いただき、ありがとうございました。

“「普通は、“うちの町に来てくれたら助成金を払います”といってお金で人を集めることを発想しがちですが、お金で集まったひとたちはお金がなくなったら必ず離れていきます。だから、“条件は悪くてもここに来たい”と思わせることが大事なのです」(大南さん談)。”

参照:『地方創生の成功例・神山町はどのようにして移住者を惹きつけたのか?① | LIFULL HOME'S PRESS』

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ブランディングテクノロジーnote

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