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冒険ダイヤル(28)忠告 

(前回まで) ふかみたちは謎解きのヒント・七つの文字を集め終わった。問題を解けば〔蓋〕が開くと魁人は言う。

深海と陸はそれぞれ海老とホタテが団子のようにいくつか刺さった串焼きを手にしている。
暑さをしのぐためにさっきまで魁人が隠れていた建物の影に入って、立ったまま食べることにしたが、それでもアスファルトから熱が放射されているのか体感的には岩盤浴だった。

「半分食べたら交換しようよ」
そう陸が提案したので深海は海老の串焼きを串の半分まで食べてから陸に渡した。
陸はホタテを落とさないように、なるべく串に口が触れないように半分まで食べてからそれと取り替える。

「今日は僕たち美味しいものばっかり食べてるね」
「本来の目的を忘れそう。さっきまで落ち込んでたのになあ。食べ物で元気になっちゃうなんて、私って単純だよね」
深海はわざと食いしん坊を気取って首を横に振ってホタテを食いちぎった。

魁人に背を向けられたのは正直こたえた。しかしこうなるかもしれないと予想していなかったわけではない。
ようやく接触できたのだから上出来と言えるだろう。そう自分に言い聞かせながらホタテを噛み締めた。

「いい食べっぷりだな」
陸は惚れ惚れして深海を見つめた。
「僕、君のこと本当に好きになっちゃった」
ホタテの貝ひもが歯にからまったのを串の先で取ろうとしていた深海は手を止めた。
いわゆる告白というものらしいと気が付いてむせそうになった。
「え?このタイミング?」
恋愛ドラマなどで知る限りではもう少し時と場所を選んでする儀式だと思っていたのだが、予習不足だったのだろうか。

「別にいつ言ったっていいじゃん」
陸はあっけらかんと笑い、それから真面目な顔に戻った。
「好きになったからもっと本音を言おうかな。僕ね、このゲームは何かのテストなんだと思う」
そういえば伝言ダイヤルのときにもそんなかんじがした。
深海はさっきの魁人の寂しそうな表情を思い出した。あんな顔をするくらいなら茶番をやめて出てくればいいのに、そうしないのが不思議だった。

「もしかしたら他の誰かがついてきていないか見極めてるんじゃないかな。僕たちが尾行してたのはばれちゃったわけだけど、これが別の誰かだったら?魁人くんにとって都合の悪い大人とか」
「都合の悪い大人って誰?」
「それはわからないよ。でも魁人くんが君たちに連絡先を教えないでいなくなったのはどうしてだと思う?誰かから身を隠してたんだって考えるのが自然だよ」
 
背筋がぞくりとした。あまり考えないようにしていたけれど、魁人の家族には何か人に言えない事情があるのだろうか。
陸の言うとおりだとすれば彼が近況を話そうとせずにはぐらかしてばかりいることの説明がつく。謎が解けたら会うという奇妙な条件とも繋がってくるような気がした。

「きっと何かを警戒してるんだよ」
陸はさらりと言って最後の海老の尻尾を噛み砕いた。
終始にこやかな彼がそんなことを考えていたなんて想像もしなかった。
深海は噛んでも噛んでも噛み終わらないホタテをなんとか飲み込んだ。
「今日一緒に来てくれたのは私を心配してくれたから?」
陸はうなずいた。
「そうだよ。君も駿も全然疑ってないみたいだけど、そもそも君たちを呼び出したのは本当に本物の魁人くんなのかな?電話だけで、それも声変わりしてるのに、思い出話だけで本人だって信じていいの?あの人、僕が同級生じゃないことを見破れなかったよ。駿は小学校では友達全員から下の名前で呼ばれてたって言ってた。その頃からの友達なら川嶋っちなんて呼ぶはずないじゃないか」
 
陸がそこまで考えていたとは驚きだった。
「でも私たち三人しか知らないことを知ってたよ」
「そんなの本物の魁人くんから聞き出せばいいことだろ」
深海は暑さのせいではない汗が額を流れてくるのを感じた。
食べ終わった串をゴミ箱までのろのろと捨てに行く。まるでお墓に花を手向けるようにそっとゴミ箱の中にそれを入れた。
 
陸はまた駿から送られてきたメッセージを読んでいる。
「桜通りに祠があるから探せだってさ。もう七つの文字がそろったし、うまく並べれば何かの蓋が開けられるらしいよ」
「謎解きは続けないとね」
深海はペットボトルの麦茶をがぶ飲みした。少し頭を整理したかった。

駿を名字で呼んだのを怪しまなかったのはそれほどおかしくない。成長して呼び方が変わる友達だっている。
看板に隠された文字の筆跡は魁人のものにそっくりだった。
それにさっき見た限りでは風貌はかなり本人らしく見えたし、一瞬で深海に気付いた。これだけで充分本人だと言えるのではないだろうか。
さらに言えば電話ボックスの上の方に〈はずれ〉の紙を隠したジョークは小学校の時の出来事を詳しく覚えていないと思いつかない。

「りっくん、確かに本物の魁人かどうか証拠はないけど、偽物だっていう証拠もまだ足りないよ。私は今のところ本物だと思う」
思い込みだけでそう言っているわけではないと陸にわかってもらいたくて一生懸命に言葉を探した。
「りっくんは鋭いと思う。でもね、私たちが怪獣サボテンとか青柳ミートとかニャン交番を覚えてるはずだってわかるのは魁人だけだよ。だから本物の方に賭ける」
「うん、ふかみちゃんがそう決めたなら僕もそうする」
陸はまぶしそうに深海を見上げた。

「ところで怪獣サボテンって何?」
目玉をぐるりと回して陸は脳天気な顔に戻る。 
「今度ゆっくり教えてあげるね」
深海は照れくさくなってキャップを深く被り直した。
「えっと、じゃあ桜通りに行こうか」
ふたりは歩幅をそろえて歩き出した。
表通りから道を一本それると商店街のにぎやかさが嘘のように遠くなり、しんと静まり返った。

「ここが桜通りで合ってるよね?」
深海と陸はきょろきょろとあたりを見回した。
店の勝手口が通り沿いに並び、ポリバケツ、掃除用のモップ、小さな蛇口とゴムホース、積み上げられたビールケースなどが置かれている。誰一人歩いていない。
左手に草木に覆われた斜面がそそり立っており、電柱が隠れてしまうほど茂った緑から夏の土の匂いがした。

やがて斜面が石垣で固められた場所まで来ると街灯の下に小さな祠があるのを見つけた。
誰が植えたのか、丈の低い可愛らしい花が祠と並んでひっそりと咲いている。
「RPGだと祠では何かいいものが手に入るんだよね」
陸はそう言って祠の前にしゃがんだ。
古びてはいるが手入れが行き届いていて、近所の人たちに大事にされているのがうかがえる。取り替えたばかりと思しき真新しい紙垂が下がっていて、お決まりの浄財箱と花瓶が備え付けられていた。

「まさかこの扉の中に謎解きの鍵を隠したりはしないと思うんだけど」
深海は近付いてじっと格子戸の奥を覗いてみたが中には何も見えない。
神聖な場所を開けるわけにはいかないのですぐにあきらめた。

黒いキャップを脱いで膝の間に挟み、お辞儀をした。
「どうか無事に魁人に会えますように。ちょっとだけお邪魔します」
手を合わせてそう拝んでから深海は植え込みの花を踏まないように細心の注意を払って祠の後ろ側に回りこんだ。

石垣と祠の狭い隙間にビニール袋が置いてあった。
色褪せたタオルが中から透けて見える。ひよこの絵がプリントされたそのタオルに見覚えがあった。
「これ、私が貸してあげたタオルだ」
魁人と最後に会った時に髪が濡れたままだった彼に深海が貸したものだった。
彼がそのタオルを首にかけてスキップしながら去っていく姿を深海はまだ覚えている。じゃあまた明日ね、という言葉がまだ耳に残っていた。

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