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冒険ダイヤル(29) 幾夜ねざめぬ

(前回まで) 魁人の指示でヒントをみつけた四人は集まって謎解きに取り組もうとしている。

駿は祠で拾ってきた袋を受け取ると無言で中を調べ、取り出した物をみんなの前に並べた。
 
ひよこ柄のタオル、
手のひらに乗るサイズの木箱、
端の破れた数枚の小さな紙

深海と陸はようやく駿と絵馬のいる喫茶店にたどり着いたところだったが、
外気温との差がありすぎて座席に倒れこんだ。
滝のように汗が流れ出す。

「涼しい所に来るとさっきまでヤバかったのがわかるね」
椅子の背にもたれて陸はシャツの胸元をぱたぱたと引っ張って冷気を送り込んでいる。
深海もぐったりとテーブルに突っ伏した。

「ふーちゃん大丈夫?」
絵馬は心配そうに深海の脱いだキャップであおいでくれた。
深海はか細い声で答えた。
「タスケテ」
「かき氷でも頼みなよ」
「ウジキントキ……」
「それが一番高いよ。普通のあずきだともう少し安いけど」
「…アズキ二スル」
「エマちゃん、僕にもかき氷お願い」
「いちご?メロン?レモン?」
「ブルーハワイがいい」

絵馬は店員を呼んでかき氷を注文し、ついでに自分のコーヒーのおかわりも頼んだ。
 
木箱の表面は木目を組み合わせた細かい幾何学模様で埋め尽くされている。寄木細工という箱根の伝統工芸品だ。絵馬はそれをひっくり返したり振ってみたりした。

「どこにも蓋がないよ」
箱の表面はつるつるだ。指をかける部分も見当たらない。
「からくり箱なんだ。またややこしいのを用意してきたな」
駿はうなった。
表面の板を決まった手順でずらしていくとどこかが開くように造られている、パズルのような箱だそうだ。
 
リングでまとめるタイプの単語帳を穴のところで引きちぎったカードが全部で七枚あった。
それぞれアルファベットと漢字が書かれていた。

〈YO・天・引〉
〈NA・下・右・下〉
〈MI・市松・右〉
〈FU・風車・右〉
〈TSU・左・下〉
〈KI・麻・天〉
〈KA・下・左・下〉

「このアルファベットはさっき集めた文字をローマ字で書いたものでしょ?」
絵馬は少し首を傾げて「なんでひらがなじゃないのかな」とつぶやいた。 「漢字で書いてあるのはたぶん箱の板の動かし方だ。正しい順番でやらないと開けられないってことだな」
駿は難しい顔をして、先ほど書いたメモを陸に渡した。

店員が出してくれた水を一気に飲み干した陸は書き出してあったいくつかの組み合わせを少し眺めたが、つまらなそうに首を振った。
「へえ、なんとなくそれっぽいけど、ピンとこないのばっかりだね」
「だったらりっくんも考えてよ。あたしたちはもうネタ切れ」
 
陸は音を立てて氷を食べながらメモを裏返した。
「あれ、これって本屋さんでかけてくれるカバーじゃん。エマちゃんて本持ち歩いて読むタイプだったのか」
「他に紙がなかったのよ」
「ペンもなかったんだね」
絵馬の手元にあったアイブロウを見て肩をすくめ、陸はリュックからノック式のボールペンを取り出して親指でカチッとボタンを押した。

「そうだなあ、僕なら…」
陸はちょっと考えてからこう書き加えた。

〈つなみふかきよ・津波深き夜〉

「小さい時に住んでた家の近所で津波被害があったんだ。僕の家には水がこなかったけど停電になって怖かったなあ」

「それって東日本のだよね?あたしたちはまだ小さかったのによく覚えてるね」
「うん、まあ、おぼろげに」
「大変だったね、あんたの家族は大丈夫だったの?」
「僕の家族と親戚はみんなラッキーだった。でも近所では色々あったみたい」
 
淡々とした陸の言葉に全員押し黙ってしまった。
今まで陸はそんな話を一度もしたことがなかった。
駿でさえも知らなかったようだ。
「だけど災害伝言ダイヤルを使ってみたことはなかったんだな、陸」
「うん、存在は知ってたけど、体験利用ができることは知らなかった。何も起きてないのに練習してた君たちは偉いね」
 
深海はふと魁人の言葉を思い出した。
「ねえ駿ちゃん、魁人のお父さんとお母さんは災害伝言ダイヤルを本当に使ったことがあるんだって聞いたよね?体験利用じゃなくて、本当に災害が起こった時に」
「ああ、あいつの両親は幼馴染でさ、二度も一緒に災害に見舞われてるって言ってた。だからあいつは伝言ダイヤルを使えるように練習させられたらしい」

「そんな…二度もなんて、どこに住んでたんだろう」
「たぶん神戸だよ」
駿は言った。
「たぶんって?ちゃんと聞いてないの?」
駿は意外に魁人のことを知らないようだ。
「詳しく聞きづらかったんだよ。でも学校で百人一首大会をやってただろ?おれと魁人、けっこう強かったの覚えてるか?」
 
よく覚えている。
深海はあまり札を覚えるのが得意ではなくていつもクラス内の予選で敗退していたが、駿と魁人はクラス代表になった。
それが何の関係があるのだろう。

「あいつの得意札がこれ」
駿は紙の余白にこう書いた。
〈 あはぢしま
 かよふちどりのなくこゑに
 いくよねざめぬすまのせきもり 〉

「あいつ、この札だけは取らないといけない家訓なんだって言ってた。須磨の関守っていうのは今の神戸市の須磨区あたりなんだ」
 
陸はうなずいた。
「僕たちの親が若い時に大きな地震があったところだね」
絵馬はいつになく神妙な顔になった。
「そうか、だから魁人くんは伝言ダイヤルにこだわったのね。遊びの延長かと思ってたけど、それだけじゃなかったんだ」

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