歌とともに歳をとる
仕事中、病棟の廊下を歩くと、どこからか歌が聴こえてくることがある。
Aさんの部屋から聴こえていた「故郷の空」。Aさんが歌うのはいつもこの歌だった。何か特別な思い入れがあるのかもしれない。幼い頃、母親から歌ってもらった歌であるとか、いつも子どもたちに歌ってあげていたとか。自分の故郷を思い出しているのかもしれない。穏やかな表情をしていた。Aさんの歌を聴きながら、色々な想像が膨らんだものだ。
Bさんは、よく「うれしいひなまつり」を歌っていた。季節を問わず、いつもこの歌だ。Bさんは小学校の先生をしていた。きっと、子どもたちとたくさん歌った歌なのだろう。Bさんは、結婚するまで、先生をしていたと話していた。Bさんにとって、先生をしていた頃は、きっと人生の中の大事な部分であったと思う。
ベッドに横になったまま歌うCさんの声が忘れられない。切ない別れの歌だ。Cさんは、歌が上手だった。色々な歌を歌っていたが、「星影のワルツ」は、1人で部屋にいる時によく歌っていた。悲しい別れを経験したことがあるのか、Cさんの思い出深い時期に流行っていた歌なのか、Cさんにしかわからない。Cさんは、もう歌わないし、呼びかけても返事をしなくなってしまった。代わりに、時々私がCさんの耳元で、「星影のワルツ」を歌う。届いていてほしい。
Dさんは、私の姉くらいの歳の男性だ。ブルーハーツ世代だろう。言葉は話せない。何か、外に表出できるようにと、おそらく若い頃聴いていたのではないかと思う曲をかけてみた。「ラブレター」でDさんは涙を流した。毎回、「ラブレター」を聴くと、涙を流すのだ。何か、関連した思い出があるのかもしれない。私にそれを聞く術はないのだけれど。Dさんの心の中にあればいい。
みんなそれぞれに、思い出の歌があるのだと思う。歌と記憶は密着している。私も、歌を聞くと、その当時の記憶が鮮やかによみがえることがある。Aさんたちも、そうなのだろうか。何も語りはしないが、自分だけの大切な思い出があるのだろうと、想像する。
私が歳をとった時、いったいどんな歌を口ずさむのだろう。どんな思い出が残っているのだろう。どんな歌で涙を流したくなるのだろう。
歌とともに、歳をとりたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?