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「誰もが立ち寄りやすい居場所を作る」 Iターンで絵本屋になった まるのさきさんがomamoriという店名に込めた想い

新潟県の真ん中に位置する三条市。人口約9万人が暮らし、古くから鍛冶を中心とした金属加工業で栄えた地域です。
東京まで新幹線で2時間弱と首都圏へのアクセスに便利な立地であると同時に、山や川、海に近いため自然と気軽に触れ合う生活ができます。

そんな”ちょうどいい田舎”である三条市に移住したのが、まるのさきさん。埼玉県で育ったまるのさんは2022年に「起業型地域おこし協力隊」制度を利用して三条市に移住し、「絵本の店omamori」を開業しました。

なぜ縁もゆかりもなかった地方に移住を決意したのか。そのきっかけや経緯について伺いました。



新卒で入社した大手企業、人に恵まれやりがいのある仕事にまい進

まるのさんは都内の大学を卒業後、株式会社リクルートに入社し、転職支援の業務を担当していました。

「絵本の店omamori」店主のまるのさきさん

「当時は毎日が楽しかったです。仕事内容が好きだったのはもちろん、共に働く同僚や上司に恵まれていました。尊敬できる方ばかりで、刺激を受けながら成長を実感できる環境に感謝でいっぱいでしたね」

しかし、充実した日々は長く続かなかったといいます。入社2年目が始まる頃にコロナ禍に入り、日常が大きく変化しました。


コロナ禍で生活が一変、自分に何ができるかを模索する日々

会社への出勤が禁止されていたことから、自宅でのフルリモート勤務となったまるのさん。人と会う機会が減り、強いストレスを感じるようになりました。

気分が落ち込みがちになる中、何か行動しなければと考えるものの、いったい何をすべきか分からず焦る日々……。

そんなある日、まるのさんがふと思い付いたのは、イラストを描くことでした。幼少期は絵本の挿絵のようなキャラクターを描くのが大好きだったと思い出し、再び挑戦してみようと考えたのです。
さっそく画材を購入し、独学でイラストを描き続ける日々がはじまりました。

イラストレーターとして、絵本や小説の表紙を描くことも。


イラストから絵本作りへ、きっかけは知人からの依頼

ある日、まるのさんに転機が訪れます。

「知人から『絵を描けるなら一緒に絵本を作ってほしい』と声をかけてもらいました。いつか絵本を作りたいと漠然と考えていたので、とても嬉しい申し出でしたね」

作品を作るにあたって既に出版されているさまざまなジャンルの絵本を読み、そこで改めて絵本の持つ魅力に気付いたといいます。
自身が手がけたことがきっかけで再発見した絵本の魅力。その良さはどこにあるのでしょうか。

「絵本って気負わずにスッと物語のなかに入れるんです。例えば、同じフィクションの本でも小説は読むのに体力を使いますよね。文章が主体なので読んで解釈する時間がいるし、没頭するまでに時間がかかります。一方、絵本は絵と文章のバランスが良く、内容が抵抗なく頭に入ってきます」

疲れていたり、気分がちょっと落ち込んでいたりするときでも、気軽に手を伸ばせる。それが絵本の魅力だとまるのさんは語ります。

そして、絵本を制作するうちに、自分の内面やこだわりを作品に投影する楽しさを感じるようになりました。さらに、世がコロナ禍となり、かつての常識が覆されていくなかで、自身の気持ちの変化を感じたといいます。

「人生でやりたいことを見つめ直したときに、会社員として生きる道ではなく、まったく違う環境に行ってみるのもいいなと思いました。元々お店や空間作りをしてみたい気持ちがあり、そのときに『絵本屋になる』という選択肢があがったんです」

さっそく行動を開始したまるのさん。インターネットで「本屋 なりかた」と検索し、リサーチを進めていくなかで、三条市が「本屋事業でまちおこしをするプロジェクトのプレイヤー」を募集していると知りました。自分のやりたいことと一致するかも知れない、と早速説明会へ参加し、応募をきめます。


手探りで作成した30枚超えの事業計画書

まるのさんが応募した本屋プロジェクトの募集要項では、履歴書や職務経歴書のほかに、事業計画書の提出も必須だったとのこと。
書類を作成するにあたってはどんな工夫をしたのでしょうか。

「事業計画書もはじめて作成しました。完全に手探りだったので、私がまとめたスライドが合計30枚を超えていたんです。後から知ったんですが、一般的に事業計画書は用紙1〜2枚程度にまとめるものだそうです。当時の私は適正枚数もわからず、様式の指定もなかったのでそのまま提出しました。担当の方は驚いたんじゃないかなと思います」

採用の決め手となったかは分からないものの、熱意は伝わったのでは……。と恐縮しながらお話されるまるのさん。

「採用されるかどうかは、自分のやりたいことと地域が抱えている課題の一致が重要だと考えています。そのニーズにマッチしていると不足なく伝えられたという点を、評価してもらえたのかも知れません」


「起業型地域おこし協力隊」の制度がチャレンジの後押しに

地域おこし協力隊には2種類のタイプがあります。 

一般的に知られている地域おこし協力隊は、都市部から過疎化や高齢化が進む地域地方へ居住し、観光PRや農林水産業への従事など、自治体から依頼された業務を行いながら、その地域への定住・定着を図ります。任期が1年以上3年未満と定められているため、長期間の活動はできません。

任期後は本人が自分で起業するか、地元の会社に就職するなど新しい仕事先を探す必要があります。しかし、現状は就職先が少なく、起業するための資本不足も課題で、なかなか定住につながっていません。

三条市内 五十嵐川の冬景色

一方、「起業型地域おこし協力隊」は任期中の起業を前提としています。任期満了後も自分の事業を継続することで住み続けられます。

起業型地域おこし協力隊の起業内容は、地域とニーズがマッチしているのが絶対条件ですが、活動支援金が支給されるので収入面での心配が少なく、起業に専念できるのがこの制度を利用する大きなメリットだといえます。

「本屋をオープンしようと決めたときに一番ネックだったのが資金の確保でした。活動支援金としての報酬など行政の支援を受けながら、やりたいことに挑戦できる環境に飛び込めたのは良かったと思います」


イベント出店から始まり、約10ヶ月後に本屋オープンへ

2022年7月に着任後、まるのさんは本屋開店の準備を進めていきます。これからオープンするお店について知ってもらうため、市内で開催されるさまざまなイベントに出店しました。

市内のイベント参加の様子

2023年3月、理想のテナントが見つかり、いよいよ実店舗オープンに動き出します。
手探りでお店作りを進めていると、その様子を見たお客さんから「一緒にやりたいです」と申し出があったそうです。その声がきっかけで、お客さん、ご近所さん、ご友人が集まり、DIYや掃除が進んでいきました。

「お客さまがきたときに目をみてご挨拶ができるようにしたい」とDIYで切ったカウンター

釘打ちやペンキ塗りの手伝いからごはん作り、毎日の買い出しに至るまで、たくさんの人たちの協力があって、絵本の店omamoriが誕生しました。

2023年4月22日に黄色い柱が目印のお店をオープン

オープンしたomamoriの店内は、背の低い家具が配置された広々とした空間が広がっています。深海のようなブルーの壁紙が目を惹きます。

奥に進む前にそのまま視線を左に移すと、小さな本棚がありました。絵本のほかに、塗り絵など「絵の多い本」が並んでいます。

店内には絵本やコミックはもちろん、写真集や図鑑まで揃っています。数としては約300冊、本屋としては決して品揃え豊富とは言えませんが、omamoriの魅力はまるのさんがひとつひとつ心を込めて選書したものだけが並んでいることです。

選書の基準についてまるのさんに伺うと、「絵本を読む人の苦しさや寂しさに寄り添える内容であること」と答えていただきました。

「この絵本は失恋の痛みを抱えている人の慰めになりそうとか、何か挑戦したくて足踏みしている人が読んだときに勇気が出そうとか、どういうときに読んでほしいかイメージができる本を選んでいます」


目指すのは、誰でも立ち寄りやすいお店

店舗内に併設している「喫茶シンカイ」、まるのさんもカウンターに立ちます。

omamoriは本の販売だけではなく、喫茶スペースも併設しています。毎週土曜日は朝食(9時〜16時)を出すほか、夜はお酒の提供もしています。

ある日の朝ごはんの写真

Instagramで毎月のスケジュールを載せています。

「omamoriは絵本屋ですが、来店の目的は何でもいいと思っています。夜、お酒を飲みにきて『絵本買えるの?』ってなるのも面白いじゃないですか」とまるのさん。

絵本作家の方をお呼びしてトークイベントを開催したり、不定期にボードゲームや麻雀会などを開いたり。こうしたイベントを通し、誰でも立ち寄りやすいお店作りを目指しています。

イベントの様子(まるのさん提供写真)

なお、3月22日~4月16日までは、店内常設展として彫刻家のはしもとみお原画展を開催中。絵本の原画や彫刻作品が並びます。


「omamori」という店名に込めた思い

まるのさんはこのお店を「地域のおまもりになるような場所にしたい」といいます。まるのさんの考える「地域のおまもり」とは、お店の存在そのものが、安心感を与えるような居場所であることです。

店名を決めたとき、まるのさんが自身に何度も問いかけたのは来てくれた方に「どんな気持ちで過ごしてほしいか」でした。「はじめてだけど、入って大丈夫かな」「子どもが騒いだら迷惑かな」と不安にならず、のびのびと、好きに過ごせるような安心感のあるお店にしたいと考えました。

子どもだけじゃなく、大人も自分のために時間を過ごせる場所。そして、そんなお店で手渡す絵本が、必要とする誰かの心に寄り添えたらという願いを込めて「omamori」と名付けたそうです。

プレゼント用の絵本をラッピング中

「omamoriは、商店街の方やまちの人の協力があってここまで作り上げることができました。活動を通して地域の人たちの温かさに触れ、私自身このまちが好きになりました。だから、今後も地域に住む人たちに「おまもりのような店」と感じてほしいですね。私自身この地に根を張り、この場所を発展させていくことで地域に貢献していきたいと思っています」


地域おこしや田舎での生活に興味がある方へ

まるのさんが三条市に移住して今年で2年目。チャンスを掴めた最大の要因は、行動力と決断力ではないかとお話していて感じました。
まるのさん自身は、決断に対して不安や悩みはなかったのでしょうか。

「もちろん、見知らぬ土地に移住する不安はありました。ただ、夢に向かっていこうと決断したタイミングで運よく募集を見つけることができたので、チャンスを逃してはいけないと感じたのが大きいですね。今も試行錯誤で失敗も多い毎日ですが、とても充実しています」

終始穏やかな笑顔で、きさくにお話くださるまるのさん。赤いギンガムチェックのエプロンが素敵です。

最後に、地域おこし協力隊の制度が気になる方や地方移住を検討している方に向けてアドバイスを伺いました。

「地域おこし協力隊のような行政の制度を利用する場合、支援を受けられること自体は大きい要素ですが、本人にやりたいことがないと制度を上手に利用しきれないかもしれません。あくまで支援を受けながら活動している立場なので、実際の業務とのギャップを感じやすいと思います」

起業型地域おこし協力隊は、自分の事業を立ち上げていく活動ではありますが「地域おこし協力隊」として行う仕事も数多くあるそうです。そういう仕事を「自分事」として捉えられないと積極的に動けなくなってしまう可能性がある、とまるのさんは話します。まずは自身がどういう思いで事業を作りたいのか整理した上で、本当にその地域の発展に貢献できるかを考える必要がありそうですね。

そして、お話の最後にメッセージをいただきました。

「大前提として、人とつながることが好きな方は地方移住に向いていると思います。私自身、最初は距離の近さに驚きましたが、地域のみなさんが積極的にお声がけくださり、たくさん優しくしていただいたおかげで活動ができています。人や地域の役に立ちたいという思いを持っている人に、ぜひチャレンジしてほしいです」

まるのさんはomamoriの運営のほか、クリエーターとしても活動を行っています。イラストやデザインの仕事も随時受け付けているとのことですので、気になる方はInstagramのDMよりぜひ問い合わせてみてください。

絵本の店omamori
住所:新潟県三条市本町2-13-9
営業時間 :金〜火曜日 11時〜18時.
(定休日:水・木曜日)
夜、不定期にイベントあり

電話番号:0256-46-8828
インスタグラム:@ehon_omamori
ECサイトのURL:https://omamoribooks.theshop.jp/

三条市が気になる方はこちら
地域おこし協力隊募集/三条市
【移住定住支援サイト】三条で暮らす。(三条市公式)

起業型地域おこし協力隊について
NEXT COMMONS LAB(多数の自治体とタッグを組み、ローカル社会の実現を目指すプロジェクト)
※現在募集中の内容は、当時とは違うものです。

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