おまえは虎じゃない、馬鹿だ、馬鹿になるのだ!
帰宅すると、いきなり妻から、
「この問題、説明が難しいから、お父さんよろしく!」
と息子の算数の勉強のサポートを託される。
「あれだけ僕の教え方がいいかげんだから、自分が教えるって言ってたのに〜」
とぼやきながらも、その一言に完全に心の中で腕まくりをしていた。
いつだって誰かに頼りにされたら、そりゃあ
「やってやろうじゃんかよ!」
と思うのは江戸っ子の性だよね。
で、数分後、
「お父さん、めちゃくちゃ教えるのうまいから、すぐに分かったわ〜」
と息子がいたく感心していた。
うん、これでミッションコンプリート。
まあ、正直、今回は割と楽なほうだったけどね。
この手の仕事って自分の力量以上に教える相手の理解力の占める割合が大きいからね。
それから、あらかた勉強を終えて、みんなで夕飯を食べ終えたら、今度は、最近、ほとんど日課みたいになっている息子とのスパーリングが始まった。
僕の友人から譲り受けた鮮やかな水色のグローブをつけて上半身裸になった息子は、まるでモスキート級のプロボクサーみたいだ。
確かに背が低くて、ガリガリに痩せているけどちゃんと腹筋も割れていて、そして、何よりその目に宿る闘争心(eye of the tiger)がきっと僕にそう思わせるのかもしれない。
かたやこちらは、見た目は完全に単なるメタボオヤジだから、体のいいサンドバックになるのが関の山かと思いきや、ところがどすこい、こいつがなかなかの強敵だったりする。
なにしろこちとらボクシング経験はないけど、双子の弟が学生時代にキックボクシングで新人王を獲っているから、こう見えてまあそれなりに格闘センスはあるんだよね。
というか、そもそも体格差がありすぎるし。彼にとっては、ほとんど雪男と戦うようなものだろう。
にもかかわらず、まったくビビることなく、全力で僕に向かってくるそのガッツだけで、もうじゅうぶん合格点を上げたいくらいだ。
なんて余裕をぶっこいていたら、日を重ねるごとに増す息子のパンチの重さや連打の数に、内心、僕は舌を巻き始めている。
「もしかしたら彼にはボクサーの才能があるかも。」
なんて、まるで堀口元気を見つめるシャーク堀口みたいな心境になった僕は、ちゃんとボクシングやれば?と促してみるも、案の定、こちらの予想通り、彼は大きく首を横に振った。
もともと人と争うのは嫌いなタイプだからなあ。
けど、今回、面白かったのは、頭を殴られて自分の頭が馬鹿になってしまうことを彼がやたらと恐れていた点だ(笑)
そうなのだ。
最近の息子は、まるで口癖のように、
「僕、馬鹿になったかも・・・。」
としきりに言うようになっている。
そりゃあ、学校にも行かずに、毎日TVゲームばかりしてたら、そう思っても仕方がない。なにしろ小4なのに平仮名もカタカナも満足に書けないんだから(笑)
けど、正直、僕はそこはあまり心配してないし(クソ無意味な知識を高い金出して覚えないと受からないような今の大学なんてもはや入る意味なんてないとすら思ってるし)、彼が「馬鹿になったかも」と感じている理由も実はそこではないと思っている。
おそらく息子が、自分が馬鹿になったと思っている一番の理由は、以前のように、大人顔負けのびっくりするような鋭い哲学的、抽象的な発言が出来なくなってきているせいだとにらんでいる。
実際、先日も彼から突然、「仕事の話をして・・」と言われて、なぜかと尋ねたら、「哲学的なアドバイスがまだ出来るか確認したかったから」と答えてたしね。
そして、そのとき彼が話してくれたアドバイスには残念ながらかつてのような切れ味や輝きは失われていた。
けど、二十歳過ぎればただの人というように、僕はそれで全然いいと思っている。
何よりも彼が幸せになれるかどうかが一番、重要だからだ。
おそらくかつて抽象的思考力にほぼ全振りしていた彼の能力は、今、いろんなかたちに分散されている最中なのだろう。
それは例えば、ボクシングだったり(笑)、ゲームだったり(笑)、昆虫にやたら詳しいことだったり。でも、僕がいちばんいいなと思っているのは彼の人を笑わせ楽しませるエンタメ力だ。
本当に最近の彼は僕ら家族だけでなく、オンラインで知りあった同じ境遇の子供たちに対しても、そのサービス精神を思う存分発揮し始めている。
正直、たとえ馬鹿になったとしても、これさえあれば、彼は幸せになれると僕は思っている。
そう、我が家はきっと虎の穴ならぬ、馬鹿の穴なのだ。
この馬鹿の穴で訓練を受けた結果、かつて天才哲学キッズだった男の子はやがて、どこにでもいる、ただちょっと面白くていちびりなあんちゃんへと華麗なる変身を遂げるに違いない。
そんなこと今の彼には口が裂けても言えないけど(笑)、お父さんは割と本気でそうなってほしいと願っているぞ。
↑この虎も最終話でとんでもない馬鹿に豹変するけど、まったく嫌いになれない。それどころかある意味、めちゃくちゃ共感してる自分がいる(笑)
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