アナログ派の愉しみ/映画◎羽住英一郎 監督『海猿』

VSOPの威力に
すっかり圧倒されて


現在でもVSOPという言い方はあるのだろうか? たとえば、フーテンの寅さんが麗しいマドンナに懸想してはあえなくフラれたり、水戸黄門一行の前に悪代官が立ちはだかると葵の御紋の印籠が掲げられたり……と、かつて映画・ドラマなどの人気シリーズでお約束どおりの展開を指して、ブランデーの特級ならぬ、ヴェリー・スペシャル・ワン・パターンと称したのだ。ただのマンネリとは似て非なる、むしろファンからの期待値の高さを示すバロメーターだったろう。そんなことを久しぶりに思い起こしたのは、コロナ禍のステイホーム生活で『海猿』シリーズと出会ったからだ。

 
佐藤秀峰一作のコミックを原作として、若き海上保安官たちが果敢な救難活動に立ち向かう姿をダイナミックに描いた劇場版映画が、これまで『海猿』(2004年)、『LIMIT OF LOVE 海猿』(2006年)、『THE LAST MESSAGE 海猿』(2010年)、『BRAVE HEARTS 海猿』(2012年)と制作されてきた。すべて羽住英一郎監督のメガホンにより、主人公の海上保安庁潜水士・仙崎大輔役の伊藤英明、そのパートナーの環菜役の加藤あい以下、主要なキャストも共通して、それぞれがスクリーンのなかで歳月を重ねていき、全体がひとつながりの壮大なクロニクルを成している。

 
第一作では、海上保安大学校における潜水士候補生のトレーニングが描写され、大輔は海中訓練で絶体絶命のピンチに瀕した仲間を救う。そして、卒業後したかれらが鹿児島の機動救難隊に配属されると、第二作では湾内で座礁して沈没に瀕した大型フェリー、第三作では福岡沖で台風襲来のさなか火災を起こした天然ガス採掘プラント、やがて、特殊救難隊という精鋭36名のチームに選抜され、第四作ではエンジン爆発により羽田沖へ不時着してまっぷたつになった大型ジャンボ旅客機――といった大仕掛けの事故現場を舞台として、勇気と信頼の絆で結ばれた男たちの不撓不屈のドラマが繰り広げられる。

 
そこで、毎回のシチュエーションは異なるにせよ、わたしの観察ではおおむねつぎのような共通のパターンが見て取れるのだ。

 
①平時の陸上勤務ではバカ丸出しで女の話題にかまけ、地元住民から「ウミザル」と呼ばれている潜水士たちが、いざ緊急事態の報にユニフォームを身に着けたとたん、精悍なヒーローに変身する。②事故現場ではパニックに陥った連中が歯向かってくるが、かれらの献身的な活動ぶりに打たれて次第に団結していく。③最後の最後まで救助の作業にあたるうち、時間切れとなり、被災者の身代わりに大輔かバディ(相棒)のいずれかが事故現場に残されて海中へ沈んでしまう。④だれもがその死を覚悟しつつ、同僚たちはみな先を争って救出に向かい、酸素吸入器をくわえて奇跡的に生存していたかれと手と手を取りあって海上へ戻り、ガッツポーズをして、その成り行きを見守っていた被災者や海上保安庁職員、報道関係者などすべての人々の盛大な歓呼によって迎えられる――。

 
さらには、サブストーリーとして、大輔と環菜はドラマのなかで恋愛から結婚に至り、ひとりめの子どもを生み、ふたりめを妊娠して……と順調に家庭生活が築かれていき、新たな大事故が勃発して大輔が緊急出動すると、環菜はテレビのニュースを眺めながら震えおののき、不安のあまり逆上しながらも、最後には無事生還した夫のもとに駆けつけてしっかりと抱きあうのもお定まりの光景になっている。

 
こうした毎度の展開を笑うとしたら、それはVSOPの神通力を知らないせいだろう。ウィキペディアによれば、シリーズが回を重ねるにともない、第三作では観客動員数537万人/興行収入80億円(公開年の邦画実写映画1位)、第四作でも同570万人/72億円と大ヒットを記録したのは、ファンの大いなる期待値に真正面から応えたからに他ならない。かく言うわたしの場合も、いまや映画がはじまるとたちまち吸い込まれ、この先はこうなるだろうと予想したとおりの成り行きを目の当たりにしながら、緊張と興奮で背筋はこわばり、汗を握った両手はわなわな震えて、ついに最後のメンバーが危地から救いだされると、登場人物といっしょに涙ながらに歓喜を爆発させる自分がいるのだった……。

 
前作から10年あまりが経過し、コロナ禍からも復したいま、わたしとしてはぜひ新作の劇場公開を期待したいところだ。この間に原作者と映画会社のあいだに生じたトラブルも和解したようだから、さらに年輪を加えたはずの仙崎大輔らと再会することも夢ではないだろう。


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