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乳がんアラ還 カツラをつけて泣く

たくさんのウィッグが並べられた個室に通されて、落ち着かずあちこちを見渡す。大きな窓からは、四条通を行きかう人や車のルーフが見下ろせる。
ほどなくして入ってきて名乗る担当のMさん。落ち着いた様子の方。年期を感じる。問診の後、早速ウイッグを試してみることになる。

出番前の楽屋の歌舞伎役者のようなピタッとした帽子を被らされる。頭痛持ちの私は、先々のことを考えると気持ちがなえる。
Mさんは、以前の私の髪形を聞いて、手際よく、それに近いものをかぶせてくれた。

鏡に映ったウィッグを付けた私は、まぎれもなく、手術前の私だった。中堅ナースの愚痴を聞き、年下の上司には少し辛口にものをいう私。年だけとって実務がついていっていないのに、患者さんからは師長と間違われる私。がんなんて思いもしていなかった私。気づかぬふりをしていた不養生な私。つい数か月前の、あの頃の私。

あっと言う間に、ぼとぼとと、膝に置いた手の甲に涙が落ちていた。いつもなら、我慢できるのに、圧倒的に我慢する時間が足りなかった。がんと宣告されて、初めて泣いた。
がんになったことの涙ではなく、無くなった胸の喪失感でもない。
ショートカットのままでいいや、と思っていた私。これも似合うじゃないと思っていた私。

いや、頑張って治療して元通りになりたいんだよ。髪もふっさふさに戻りたい。元気になって職場に戻りたい。みんなと話をしたい。大笑いしたい。
大げさだけど、ウィッグがそれを手助けしてくれる。助けてくれ、ヅラ。ちょっとばかし、持病もあって、年齢的にも化学療法をしながら職場復帰する気にはどうしてもなれかなったけれど、やるぞ。やる。できる気がしてきた。

そのあと、大きく深呼吸して、20カツラほどを試す。人毛の混ざり具合や、微調整が出来るかどうか、色も色々で、メッシュも入れられる。そのうち、当初の頭痛の懸念もどこかに行っていた。1諭吉から、30諭吉まで、いいものはいいのがわかったけれど、これから、毎月何人も諭吉がとんでいくのだ。贅沢は言えない。

淡々とでも優しくアドバイスをくれるMさんの勧めもあって、中間のころ合いのショートボブのウィッグに決める。私の頭の形に調整したり、長さを整えたりするために受け取りまで少し時間がかかるとのことだった。

全行程2時間半以上。どっと疲れて外に出たときには、もう薄暗くなっていて、耳元に冷たい風が通り抜ける。

難関を超えられてほっとしたけれど、一つの不安が和らぐと、次の心配がやってくる。
抗がん剤の副作用はどのくらいでるのか、どのくらい、家族へ迷惑をかけることになるのか。

私は心配症なのか、楽天家なのか、自分でもわからなくなってきた。


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