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小説

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リアルと幻想の狭間から、紡ぎ出された物語。
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【掌編小説】ロボットに宿る心

 「高橋さん、お疲れさまでした。また明日」  「はい、お疲れさま~」  「リーさん、お疲れさまでした。また明後日に」  「はい、あなたもお疲れさま」  17時15分を過ぎたスタッフルーム。  退勤して行く同僚に挨拶しているのは人間ではない。ロボットだ。  この国の労働人口の減少が懸念されるようになり、特に介護の分野において、それ以前からの深刻な人手不足への対応が急務となった。  研修を受けた外国人を積極的に雇用するだけでは足りないこともあり、介護用ロボットの導入が進められた

【掌編小説】勘違い

 密かに好意を寄せている人から、バレンタインデーにチョコレートをもらったら、大抵の人は大喜びするだろう。  僕もその点に関して半分は同意する。  あと半分は……疑いを持つ。どの程度の気持ちなのか、と。  と言うのも、僕がもらったのは明らかに義理チョコっぽいものだったのだ。  谷口弥生さんは、僕が勤める会社の2年後輩で、隣りの部署に所属している。  笑顔がかわいらしく誰にでも親切で、多くの同僚から慕われている。  “堅物眼鏡”と揶揄される僕にも、丁寧な物腰ながら親しく話しかけ

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【掌編小説】空いていながら座れない座席

 夕方の駅は通勤通学の人で混雑していた。高校への通学で電車を利用している僕もその中の1人だ。  普段電車に乗ると、多くの人が座れるように、小さな子供は膝の上に乗せ、荷物は棚の上に載せるよう呼びかけるアナウンスが流れる。  概ねアナウンスに従っている乗客が多いものの、中には気にしていないと感じられる人もいる。  大股を広げて座り1人で2席分使っている男性。手荷物のバッグを隣りの席に置き1人で2席分使っている女性。  そして割と多いのが、ゆったりと座ることで3割くらい隣りの席には

【掌編小説】好きかもしれない

 「雨、だいぶ小降りになって来たね」  傘を打つ雨音が小さくなって来たのを感じて、私は隣りを歩く関口君にそう声をかけた。  関口君はクラスメイトで同じ部活仲間だ。そして私の親友、木戸明日香の幼馴染でもある。傘を忘れた私は部活終了後、駅まで方向が同じである関口君に傘に入れてほしいと頼み、彼の傘を一緒に使って高校から駅までの道を歩いて来た。  「そ、そうだね」  クラスのこと、部活のこと、明日香のこと。共通の話題について話しながらも何だか上の空だった関口君は、駅に着いてから更にソ

【20字小説】別れの嘘

またねと言う君。涙に、またはないと悟る。  小牧幸助さん、参加させていただきます。  よろしくお願いいたします。  最後まで読んでいただきありがとうございました。  よかったら「スキ」→「フォロー」していただけると嬉しいです。  コメントにて感想をいただけたらとても喜びます。

【ショートショート】消極的な告白

 俺は23歳になる今まで、彼女がいたことがない。  正確には、彼女を作ったことがない。  告白されたことはあるんだ。3回は。中学の時に1回。高校の時に2回。  でも、

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【掌編小説】忘れられたとしても

 「え? どういうこと?」  私は面食らって祖母に尋ねた。  ここは病院で、私は入院している祖母の見舞いに来ていた。  「だから、唯ちゃんの背中には白い翅が3枚、黒い翅が3枚があるってこと。それは、唯ちゃんが生まれた時からあるんだけどね」  祖母は認知症で入院しているわけではなく、病の影響で体が弱っているとは言え、表情は真剣で話す口調もしっかりしていた。  以前から祖母には、他の人には見えない不思議がものが見えると言われている。他の人を驚かせるから、という理由で、あまり具体的

【掌編小説】星になる

 僕が10歳の冬、幼馴染の詩織ちゃんは交通事故で死んだ。  その日詩織ちゃんと遊ぶ約束をしていた僕は、放課後クラスメートから遊びに誘われ、そちらを優先してしまった。  帰宅して詩織ちゃん宅を訪れ、事情を話し「ごめんね」と謝る僕に、詩織ちゃんはむくれながらも「しょうがないわね」と言い、「また明日ね」と笑って言ってくれた。  しかしそれが、僕と詩織ちゃんの最後の会話になった。  僕との約束がなくなった詩織ちゃんは、買物に出かけるお母さんについて行き、交差点でスリップした車に轢かれ

【掌編小説】ジューンブライドは雨音と共に

 窓の外はぽつぽつと雨。  休日出勤の俺は、仕事の手を休め外に目を向けた。  今日は俺にとって大切な2人の結婚式。そんな日に早い内から休日出勤の予定を入れて式を欠席することについて、2人は了解している。  全天候型の式場だから問題ないだろうと思いながら、本来なら式場にいるはずだった自身を想像して、俺は複雑な気持ちにもなっていた。  俺が入社した会社に、彼女、水無月葵はいた。2年前に短大卒で入社した彼女は、先輩だが同い年でもあった。  静かにそっと見守るような控えめな落ち着き

【ショートショート】手紙を届ける本棚

 1人暮らしの新生活を始めてから1ヶ月が過ぎたこの頃、不思議なことが起こった。  SNSに本の感想を投稿しようと思いつつ、急ぎの別件を先に済ますために、メモ書きの感想を本に挟み本棚に戻しておいたところ、翌日メモを見返した際に、私が書いたメモの下部に見覚えのない文字が並んでいたのだ。  明らかに私とは筆跡が違う。  とは言え、1人暮らしである私以外に誰がこれを書いたというのだろう。  室内は全て鍵がかかっていて荒らされた形跡もない。  合鍵を持つ不動産会社が私に無断で入室した

【掌編小説】お守り

 「じゃあね、千紗。今日は本当に、ありがとう。広輝君もありがとう」  電車に乗り込む私を駅のホームまで見送りに来てくれた2人、中学1年の時から5年間の付き合いになる親友とその幼馴染に、私は涙ぐみながらお礼を伝えた。  「美花、最後に話せてよかったよ。お別れの品も渡せてよかった。私の方こそ、引っ越し当日の忙しい中なのに会ってくれてありがとう。……広輝君も、本当にありがとうね」  親友の千紗は、家に忘れて来た別れの品を、電車に間に合うよう大急ぎで届けてくれた幼馴染に、今日何度目か

【掌編小説】最凶の日だとしても

 「はぁ……」  溜息を吐く。  空は晴れて暖かな春の日曜日だというのに、家で過ごしているのは何と勿体無いのだろう。  とは言え、この状況には理由があった。  俺の母は占い師で、幼い頃から既に異彩を放っていた、というくらい凄い人らしい。母方の祖母も同じく占い師で、母は祖母の資質を受け継いでいるのかもしれない。俺には全く受け継がれていないが。  母が言うには、人は生まれた時から幸運な時や不運な時がある程度決まっているのだそうだ。  それを前もって知った上で、幸運な時、運気のいい

【短編小説】夢のあと

 「俺がどんだけお前に純情捧げて来たと思ってんだよ! この裏切り者!」  パーティションで囲まれた女性アイドルグループ握手会のブース内。響き渡る怒声は、順番待ちをしているブース外の行列にも聞こえる。  既に行列を離れてブースに近づいていた俺は、勝手ながらブース内に入り込み、怒りの形相をした30歳過ぎと思しき男が、ポケットからナイフを取り出すのを見た。照明を受けて刃がギラリと光る。  「ゆみりん、逃げろ!」  男がアイドル側と参加者側を遮るテーブルを乗り越えようと手足をかけるの

【掌編小説】ジャイアントキリング

 「それで、一度は断ったんだけど、『取引先との人脈作り』とか『社員間の結束の強化』とか『俺達には君の応援が必要』とか言われちゃうと、新人としては嫌とは言えなくてね……」  12月も半ばに差しかかる頃、大卒後就職1年目の私は、マンション隣室に住む高校3年生の町田哲司君宅に上がり込み、職場のフットサル会の応援に参加させられる愚痴を溢している。  私達の両親は共働きで、哲司君が引っ越して来た7年前から、どちらかの家で一緒に勉強したりゲームしたりして過ごしたものだ。家族ぐるみで交流し