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これ最後まで読み切れる人いるの?っていう衝撃が待ち受ける3部作完結編『卒業生には向かない真実』


読むと落ち着かない気持ちにさせられる、青春ミステリ3部作完結編

 「ミステリ史上最も衝撃的な3部作完結編!」と出版社のサイトにはある。一見するとよくある販促の煽り文句に見える。
 私もそう思っておりました。でもこの作品本当に衝撃的だった。正直、何度読むの止めようかと思ったか、先を知りたくなくて飛ばし読んでちょっとホッとしては読み直しては、またちょっと読んで「イヤ、ちょっとちょっと無理無理!」と虚空に叫ぶ。そんな読書をしておりました。
 読み終わって二週間近くが経ち、ようやく感想を書くだけの気力が湧いてきた次第です。だって削られるんだものこの作品。読み終わると、ちょっと沈むどころか、どうしていいかと呆然としちゃう。
 感想を一言で言うと(作者よ)何もそこまでせんでもよくない?に尽きる。
まだ主人公ティーン・エイジャーなのよ?これから大学生になる子どもなのよ?って作者の襟首掴んでブンブン振り回したくなってしまう。読後も落ち着かず本を置いて、散歩しながら頭を整理しても落ち着かないほど。
 自分でもびっくりするほど振り回された一冊となりました。

優等生だけどちょい空気読めない、だけど正義感は人一倍!身近なあなたのご近所さんピップ

 さてお立会い、本書『卒業生には向かない真実』はその前に『自由研究には向かない殺人』と『優等生には探偵に向かない』がシリーズの前作として控えている。
 どちらも主人公、高校生のピップ(フルネームはピッパ・フィッツ=アモービ)が活躍するミステリだ。イギリスのリトル・キントンという架空の小さな町に暮らす優等生でちょっとオタク気味の高校生ピップは、大学進学に向けてのアピールポイントを稼ぐ課題として、近所で起こった殺人事件を独自に調査し始める。
 
 さてこの主人公ピップは本当に普通の女の子。
 流行に強いってタイプじゃないけども、行動力抜群で、正義感が強い。読んでると『ハリー・ポッター』のハーマイオニー・グレンジャーを思い出すような、聡明で明るい女の子。
 こんな女友だちいたら最高だよねって思わせるキャラなのだ。そんなピップの家族も暖かくて良識的、しっかり者の世話焼きのお母さんに、オヤジギャグが多いけど優しいお父さんに生意気ざかりで、でもまだまだ可愛い弟がいる。
 そう、このシリーズに登場するのは自分の近所に住んでるんじゃないのかってくらい普通の人たちなんだよね。その親近感を抱かせる普通さが、読んでて思った以上にドラマチックな空気を生み出し、つい先が気になっちゃうんだよね。

身近な世界に潜む闇、晴れやかな青春の光に照らされる殺人事件

 一作目ではピップは過去の殺人事件を捜査し、二作目では友人の兄の失踪事件を捜査するはめになる。そして今作では自分がストーカー被害にあって、身を守るために事件を捜査に乗り出すことに。
 シリーズを追うごとに事件が他人事から自分事へと距離が近づき、いやでも成長せざるを得ないこれぞ青春モノとでも言うようなダイナミックな変化が味わえる仕上がりになっている。
 …とでも書けば一応義理は通したかなってくらいの感想にはなると思う。でも実際のところ、このシリーズすっげぇ容赦ない。本当に容赦ない。何もそこまでせんでもええやないかって、言いたくなるほど主人公を追い詰めまくる。
 それも主人公のピップがピップであるがゆえに、作中通して描かれる葛藤に逃げ場がないのが読んでいてしんどい。このシリーズはピップとともに事件を捜査するのと同時に、ピップの内面の著しい変化を見守る過程でもあるから。
 健全な正義感の持ち主故に感じてしまう社会正義の実現の難しさに、社会という大きな機構が持つ矛盾にピップは容赦なく叩きのめされる。(それも十分すぎるくらいに)
 『ハリー・ポッター』シリーズも、4巻目を超えるとやたらたと人が死んで世界観が暗くなっていくじゃないすか。なにもそこまでしなくてもって思うくらいに。このシリーズもそれくらい、いやあれの10倍くらい世界が暗くなる。
 青春モノだからね、いつかは厳しい社会の現実に打ちのめされるシーンは来るんだけど、そこまでする?作者鬼畜過ぎない?って今作では思いっぱなし。
 ピップよりも遥かに年上な身としては、ピップの真っ直ぐな正義感が眩しいと同時に見てて辛い。そして今作ではピップの最初の頃の微笑ましさが完全に消え去って、ひたすら己の思う正義を求めて突っ走る様にハラハラさせられっぱなしになるのである。
 もう気分は完全にピップの保護者。

 今作ではあらすじを書くだけでもネタバレになっちゃいそうなので、詳細は省くけど、読んでて本当に辛かった。薄々分かってたけど、思ったよりも過酷な形で話が展開されてて…作者に文句言いたくなった。いや、それだけ凄いんだけどね、作品の持つ力が。
 しかも、その話の展開からラストまでがきちんと作者の設定した世界観と、規模にフィットしきった形で終わっているからダメージが余計に大きい。一回も筆を滑らせないで徹底して仕上げてるから、世界観が綻びていないのが素晴らしいけども、読後が地獄すぎる。
 読後に感情ジェットコースターになるけども、凄いことには間違いないって改めて思うわ。ああ私のピップが…と泣きたくなるけども、ホリー・ジャクソン、お見事でした、素晴らしい作品でした。

若者に何を求めるか、ピップの成長を見て思うこと

 それにしても、なぜここまでピップが追いつめられているのを見て、心が痛むのだろうか。
 これまでだって大人が主役のミステリで本作よりもダークで、モラルも正義もへったくれもない作品は色々と読んでいるのに、なぜこんなにダメージを受けるのか。
 その原因は私が高校生のピップに「常識の範囲内で、まっとうな人であって欲しい」という期待しているからだ。 
 これが大人のキャラならば、ある程度仕方ないって思える。大人は我を忘れてても、経験値があるだけリスク計算も無意識にするから、打算でやばいことが出来る。だから大人がやらかすことは鼻で笑って見てられる。
 けれどもこのピップの高校生という年齢は年上からすると本当に辛い、おい、やめろ、まだ踏みとどまれるだろ!って止めたくなってしまう。若い人には健全で正しい、それでいて楽しい人生を送って欲しいんだよなぁーって思うと同時に、こういう子に対して何も出来ない自分の無力感も感じてしまいダメージデカかった。
 
 色んな感情を呼び起こしてくれたシリーズということで、本当に参りましたホリー・ジャクソン!次はシリーズの前日譚が出るそうなので、心が落ち着いたら読みます。


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