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スマブラステージ【AD.1944.列車砲、後退!】

敵の空爆から逃れるために、トンネルへと後退する列車砲を描いたスマブラステージです。

 スイッチをオンにすると列車が動き、列車に轢かれるとダメージを受けるギミックを持っています。


・列車砲の誕生

 銃や大砲などの火薬兵器が、戦争に登場するのは14世紀頃のことです。
 巨大な大砲は、威力が高いものの、非常に重量があるために、海戦においては、水の浮力を活用して、数十門の大砲を搭載した戦列艦を動していましたが、陸戦においては一度設置した大砲を再度動かすことは難しく、主に敵要塞を破壊するための攻城兵器として使われていました。

 その後、大砲を軽量化して、馬で牽引することで、柔軟に移動ができる騎馬砲兵が登場し、野戦においても大砲が使われるようになります。

 19世紀に蒸気機関車が普及すると、威力が高く射程が長い大型の大砲を、列車で牽引する列車砲が考案され、アメリカ南北戦争(1861~1865年)で初めて実戦投入されました。
 蒸気機関車は高重量の巨大な大砲を輸送可能で、人力や馬に比べて、圧倒的な速度で大砲を動かすことが可能となりました。

このスマブラステージでは・・・
大砲からファイターを発射するギミックを搭載しています。

 列車砲は20世紀前半において大いに活躍しましたが、線路がないところには動かすことができない、運用するのに多数の人員が必要、発射の反動で線路が破損する恐れがある、などの欠点がありました。

・ライバル登場、列車砲の衰退

 1783年に気球での有人飛行が実現して以降、航空機の軍事利用が始まり、第一次世界大戦(1914~1918年)中、飛行船と固定翼機による爆撃が本格的に行われるようになります。

 第二次世界大戦(1939~1945年)のころには、飛行機の性能が上がり、爆弾の搭載量は増加、飛行機の航続距離が大砲の射程距離を上回り、無線通信の発達によって、地上部隊と飛行機の連携がスムーズになると、飛行機からの爆撃は、大砲による砲撃以上の効果を発揮できるようになります。

飛行機からの攻撃
爆発する鉄道橋
橋の破片が動くギミックを搭載しています

 さらに、内燃機関の自動車が発展し、タイヤや履帯(キャタピラ)で動ける自走砲や、極めて射程が長い弾道ミサイルなどが登場すると、あえて列車砲を用いる意義は失われ、車体が大きい列車砲は爆撃の的になりやすかったこともあり、列車砲は第二次世界大戦後に急速に廃れていくことになりました。


・アンツィオの戦い

 そんな列車砲ですが、第二次世界大戦終盤の1944年アンツィオの戦いにおいて、思わぬ活躍をします。

 港町アンツィオに上陸した連合軍の拠点に、ドイツ軍の2台の列車砲が砲撃を仕掛け、アンツィオの橋頭堡(拠点を守る防壁)が破壊されます。
 このとき制空権は連合軍側にあり、連合軍は爆撃で列車砲を破壊することができると思われました。しかし、このとき使われた列車砲「クルップK5」は最大射程が62.4kmもあるうえに、攻撃した後にすぐに山のトンネルに身を隠したために、連合軍は空から捜索しても列車砲を見つけることができませんでした。


 どこから撃っているのかわからない砲撃を、連日にわたり撃ち込まれ続けた連合軍は大いに苦しみ、2台の列車砲を「アンツィオ・アニー」と呼んで恐怖しました。

 アンツィオの戦いは、最終的には連合軍の勝利に終わりましたが、2台の列車砲は戦闘が終わるまで、破壊されずに逃げ延び続けました。
 すでに時代遅れになりつつあったものでも、使いようによっては意外な活躍を見せることをアンツィオ・アニーは教えてくれます。



 

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