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まるで隙のない君が好きだ



君ってまるで隙がないから

自分が男なのかどうかわからなくなったりする。

大人になったら恋なんかしないつもりでいた。

そしたら大人な君に出会った。

ずっと年上の君……。



待ち合わせの場所に早く着いて

俺みたいに早く着いた人が横に何人かいて

その人たちを見てるうちに、

添え物みたいな不安とか、もしくはビュッフェ形式みたいな無防備さで並ぶいくつもの横顔とかを眺めているそのうちに、

待ち合わせという行為そのものがなんだかすごくドラマティックな、それだけでドラマティックなものに思えた。

人と人が、あまたいる人々の、その中の一人と一人とが、ある1点において、申し合わせて、会う、って言ってみると、なんかすごくいい。

そんなこと言うなんて、ちょっと前の自分には考えられないことだ。

とにかく人が多くて

目であちこち探してもだめそうだ。

隙のない君はきっと

俺がすぐに安全圏に置かれるようなわかりやすい笑顔では現れないんだろう。

空を見上げる。

快晴。

飛びぬけた何かがない昼。そんなワールド。

年末。冬なりのドラマ。誰にでもその権利ってある。

「少し遅れるかも」と、さっきメッセージが来た。

今日君と約束できたのは奇跡的だった。

デートは無理だと思ってたから、どこへ行くかとかはなにも考えてない。

例えば恋にとって最も悲しい結末は

結末のある恋に終わることなんだと思う。

渋谷。

俺は何かの合格発表みたいに君を待ってる。

12時半。約束の時間。

いったん道路を渡って見渡してみたりした。

不安からそうした。

気づいたら君は少し離れた向こう側に立っていた。

君を見た瞬間。

滑り出していくのが分かった。

ガードレールを飛び越えて

道路側から君に近寄った。

スニーカーで来てよかった。



◇    ◇   ◇    ◇



今すぐにでも取って代われそうな弱い冬の日差しだ。

道路側、つまり君の背後から俺が近づいたりするのをあらかじめ知っていたみたいに、振り向いた君は細く笑った。

だから君はいくつかあるはずの出会いのあいさつを省いた。通勤のときとは違う黒いコートを着ていた。

綺麗だった。

正確に  君は。

「どこいこっか?」と君。ちょっと保護者調の口調で。それもかなりハイクラスなそれで。

「んー、わかんない」

「じゃあ、お台場行く?」と君。君の眼差しが今日の日差しよりも強いものでよかった。

「うん」

無理を言って誘い出した俺としてはクール気取るわけにもいかなかった。空まわれるだけ空回ろうと思った。



◇    ◇   ◇    ◇



会社では社畜街道まっしぐらな俺にとってコンビニでおでんとビールを買って帰るのだけが冬だと思ってた。

ポイントカードが逐一それを物語ってくれた。

君が4階から1階に異動で降りてきたのが出会いだった。俺が上って行ったとしてもこうなっていたんだと思う。

社歴も歳も経験も全部君が俺よりも上だった。俺は生意気盛りで、特に君の前ではそうだった。一回りも歳が上の君の前で……。

君を俺ひとりのものにしちゃいけない雰囲気が社内にあって、だから俺は余計に君に夢中になった。

君は人気者だけど隙がなかった。仕事に集中しているときの目は特に鋭かった。君がどうして独身なのかを周りのみんなはよくウワサしていた。

「どうしてお台場なの?」僕は何を期待してそう聞いたんだろう。

「それしか思いつかなかった」君はそう答えて、上品に笑った。職場で見るより小柄に見えた。守るとかどうとかすぐに感じられる男ならよかった。

並んで歩いてみて初めて君との会話のテンポがすごく合う事に気づいた。それはもちろんそう思いたいせいもあった。

俺は、すぐ右の君に話しながら何回か視線を合わせようとして、そのうちの何回かで合った。

恋をしてるときは特に自分の小さな罪の一つ一つが許せなくなる。目が合ったせいで全部を君に悟られて、崩れるのが少し怖い。

お医者様とか、草津の湯とか。

世界中が何かを求めていて、どうやら愛だけじゃ抱えきれない問題があって、世界はついに自傷行為を始めた。そんなワールド。

人をよけるタイミングで俺と君の肩があたった。

タッチパネル式の反応が俺にあって、よろけた君のその肩をほんの少し抱いた。

駅構内ではJRでの里帰りに関するご案内が各地の方言をつかってアナウンスされていた。そういう季節だった。

中島みゆきの曲にのせて響いていた。行きかう人がみんな東京でがんばっている人に見えた。

『以上、津軽弁でお届けしました』

次は山形弁で、その次は博多弁だった。

「ゆりかもめで行こう」俺はそう言った。

「乗ったことないの?ゆりかもめ」

「うん」

年下なりの大人な返事のしかたってあるのかな。

「じゃあ、乗りましょう」と君は可憐な手の合わせかたをして微笑んだ。

山手線で新橋へ出てそれからゆりかもめに乗った。

先発と後発がホームの両側に止まっていて、それだけでなぜか泣けた。まるで大人な君のしっかりとした恋愛感みたいに思えた。

俺を好きになってくれる君がうまく想像できたら良かった。今日はただなんとなく俺に付き合ってくれただけなんだろう。

隙のない君は“ただなんとなく”以上の何かを俺には見せてはくれない。

寂しさが別の寂しさにリンクする。

ときどき遠い過去と同じ午後の空気に気づいたりして、もの悲しくなるときがある。時間の経過に悲しくなるんじゃなくて、時間が繋がっていないことに悲しくなるんだ。

君にそういうのをうまく説明できる日がいつか来るだろうか。来ないだろうか。

「こっちが前、ううん、ちがうわ。こっちね、こっちが前」

君もけっこうはしゃいでいるように見えた。うれしくなる。

ゆりかもめの向きのことで  いちいち泣かせてくれる。


♪かもめはかもめ  一人で海を  ゆくのがお似合い


「こっちが前なんだね」

二人で後発の空いているほうに乗った。座席がたくさん空いていて、座る場所を選ぶことができた。

「こっちが景色良く見えるわよ、さあ、座って」

君の親切の一つ一つが、君の隙のなさの理由のひとつひとつだ。

俺は促されるままに座った。君とは手を握れる距離だった。

新橋に停車している間に俺は自分の過去の話を少しした。今の会社の前は新橋で働いていたこととかを。

君はずっと今の会社で、だからつまり俺の大先輩なわけだ。

「俺の歴史って、けっこう浅いんだ」

何も考えずにボソッとそう言った俺を見て、君は吹き出していた。

俺の真剣さが笑えたのか、それとも年上の君に対する皮肉に聞こえたんだろうか。

今年ももう終わりだねという感じで街路に立つ枝垂れ柳が揺れているその下を、サラリーマンの人たちが歩いていくのが見える。

でも今年もいろいろあったなっていう感じで一年を振り返ったことってあまりない。

今年をいろいろに思わせるのは感情の起伏であって決して出来事の数云々ではないんじゃないだろか。

そんな一年だけを積み重ねてきたせいで君のことをもし手に入れられないっていうなら、それってやっぱり正しいような気がした。そういう意味では真剣に俺は言ったんだと思う。

動きだす。

ゆりかもめも

ふたりも。

ゆりかもめが風に乗って飛び始めてすぐに東京湾が静かな広がりを見せて景色の大事な部分の殆どを占有した。

「海っていいね」

それは君の言葉だったけど俺の言葉でもあった。

景色って共有できるようにきちんとできてる。

俺たち二人に共有を許してくれた東京湾景って  結局のところ  泣かせる。

海の上に浮かぶ船たちはみんな止まっているように見えた。

“君に出会えてよかった”と、今ここで俺が口にするまではずっと止まっているつもりに見えた。

ずっと忘れていた青さみたいなものを今日は特別に海が披露してくれているのかもしれない。

それは忘れかけていた青ではなくて、完全に忘れていた青だ。

水平線は地球上の恋の全てを逆に見つめ返しているみたいに見える。

そんな   そんな   そんなワールド。

「私、そんなに悲しい目で海を見る男の子、 はじめて見たわ」

「精一杯見つめているだけさ」

精一杯  君を……。

ただ、それだけなのに……。

ゆりかもめは更なる自由を求めて大きく旋回して

お台場を正面に捉えてそして進んだ。

君も俺も黙ったままでその背中に乗って東京湾を渡った。



                      終

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