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ワンルームSTORY

「初めての生理が小学校5年生で、その日の朝に初めて見たの」

ユミはそのときのことを思い出しながらそう言った。

「その日の朝にはじめて見たんだね」と僕は言った。

僕らはユミの住むワンルームマンションで缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。

テレビの画面には、桜の開花の早さを伝える映像が流れていた。

部屋の中は暖房のせいでものすごくあつかった。

でも、僕はあついとは言わなかった。

「それはちょうど学校に行くときで、玄関で座って靴を履いていたの、そしたらすぐそこにいたの」

ユミは僕に『すぐそこ』という距離感を手であらわした。

「驚いた?」と僕は聞いた。

「そりゃ、驚いたよ。全然動けなかったんだもん」

ユミは目を見開いて、“当然でしょ”という顔で言った。

「なんで、見えるんだろうね」

僕は考えてみた。でも、わからなかった。

「目がすごく青いの。ブルーなくらいに青いの」

ユミは冷蔵庫からコロナビールを取り出し、栓を抜いてライム果汁を入れた。

「じゃあ、外国人なのかもしれないね」と僕は言い、

ついでにコロナビールを一口だけもらった。

テレビの音が少しうるさく感じる。

でも、テレビの音がなくなってしまうのはもっとうるさいんじゃないか、とも思った。

そういう意味で、字余りな夜ってあると思う。

なんだか今日は字余りがしっくりくるようなそんな夜だった。

言葉は足りていた。

ただ、ワンルームのこの場において、僕とユミは決定的に見えているものが違っていた。

僕らは今ならんでソファに座っている。

二人ともテレビの方を向いている。

テレビの横にはチェック柄のワンピースを着た金髪の少女が立っている

身長は20センチくらい。

目は青い。

そしてそれはユミにしか見えない。

僕には全く見えない。

「なにかを一生懸命伝えようとしているの、切実なの、きっと。でも肝心のその子の声が聞こえないの」

僕はユミの横顔をみて、それから、もう一度、テレビの横に目を向けてみる。

何も見えない。

もしも僕が素粒子物理学に多少なりとも精通していれば、もうちょっとこの何も見えないという状況をうまく説明できるのかもしれない。

「生理がくるたびに現れるようになったの、今日みたいに。何か大切なメッセージがあるんだと思うの……」

ユミはそう言ってから膝を抱え込んだ。

大切なメッセージ。

生理がくるたび……。

「大切さの重要性を伝えたいだけなのかもしれないよ。その、生理さんは」

と、見えない僕は言った。僕は多分、過去にデリカシーの単位を取り損ねたんだと思う。

「生理さんとは言わないでほしいの」

ユミは僕を見た。

“自分にとってとても大事な存在なのだから”、とユミは付け加えた。

「じゃあ、なんて呼べばいい?」頷いた後で僕はユミに聞いた。

「それは……わからない。……名前をつけちゃいけない気がするの」

僕はそのときまでユミが泣いていることに全く気づかなかった。

ユミ自身も自分が泣いていることに気づいていないように見えた。

詩のようなその横顔。

『詩を書くには泣くことも笑うことも正直でなければならない』と、ある作家が書いていた。

僕は僕を顧みた。

自分にしか見えない何かを伝えるとか、見えないものを信じるとか、そういったこととうまく折り合いをつけたら大人になれた。でも結果、なにが残った?

「あたし、今日、生理だからね」

「わかってるよ」と僕はビールを一口飲んだ。



                      終

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