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キミの旦那に聞いてくれ


そうなんだ。

僕らは必要以上にふざけあって

結局、夜に噛みつかれたんだ。



傷ついて、黙り込んで、少しだけ抱き合って、また離れる。

だいたいそんなことを繰り返したんだ。

最初、この隠れ家に二人で来たとき。

それはもう2年も前のことだけど

まさかこんなふうに、夜に噛みつかれたりするなんて思いもしなかったんだ。

今までの僕らは無邪気を装いきれてた。

そんなふうになら理解できると思うんだ。

恋とは……、

恋とは、ただひたすらに楽しむものだと決めつけにかかって一度は成功した。

そう……  一度は……。


◆ ◆ ◆ ◆



「約束事がずいぶん増えすぎたみたいね、私たち」

バスルームから出てきた彼女は髪を乾かしながら、僕の方を見ないでそう言った。

ドライヤーの調子が悪いみたいで、彼女はスイッチをオンとオフの間で何度も頷かせていた。

ベッドの上で、まだここへ来たままの格好で後ろ手をついて座っていた僕は、彼女の横顔をしばらく眺めたあとで、

「たしかにそうかもしれない……」と答えた。

でも僕のその答えは、調子を取り戻した彼女のドライヤーの音にかき消されたみたいだった。

「なんて言ったの?よく聞こえなかったわ」

「いっそ、増えすぎた約束事を君の旦那とシェアしようかなってそう言ったのさ」

「フフ、冴えてるわね、今夜のあなた」

「だろ」

……だろ。

例えば白いバスローブだけ着て冒険に出る人なんていない。危ないから。恋してる場合は別かもしれないけど。

ようするに君には白いバスローブがよく似合う。僕のせいだ。

「そう、それに記念日だって増えすぎだわ。ねえ、聞いてる?あなたはいいかもしれないけど、私は二人分なのよ」

「ああ、ちゃんと聞いてるよ。記念日の件ね。いっそ、サブスクにして君が利用しやすくするってのはどう?」

彼女は今度のには笑わなかった。

そのかわりに、ドライヤーをまるでアイドルの引退みたいにそっと置いて、全く予想外のことを口にした。

「あなたがあの人と真剣に話をするところが見てみたいわ。一度だけでいいから。たぶん気が合うわよ、趣味も同じだし」

もともと予想通りのなにかを彼女に求めて恋したわけではないにしても、少し驚いた。

「なんだ知らなかったよ、君の旦那もひとの妻を寝取るのが趣味だったなんて」

そう、僕は弱い男の代表格なのだ。茶化して逃げまわる代表格の……、僕は……。

「ちょっと、もー、やめてよね」と彼女は言いながら傍まで来て、ベッドに飛び乗るように座ると、僕の右耳を軽く引っ張った。

そのあとで

明かりを落として

あいもかわらず僕らは

あいもかわらず今夜も

必要以上にふざけあった。

夜に噛みつかれる  そのときまで。

僕は思うんだ

何からどう逃れても

どこからも遠くへいけないんじゃないかって……。



◆ ◆ ◆ ◆



さんざんふざけあったあげく、僕がベッドの上で彼女を押し倒して強く口づけたときだった。

何かの拍子にテレビのリモコンのスイッチを押してしまい、テレビがついた。

すでに夢中になりかけていた僕と彼女の耳にアナウンサーのよく通る声が入ってきた。

「皆さん、ご存じでしたか?今日、11月22日は『いい夫婦の日』です……」と。

それを聞いた僕らはほぼ同時に苦笑した。

僕は彼女の上から彼女の横へと体を翻らせて大の字になった。

「ご存じでしたか?」と、彼女が先に僕に訊いたから、

「ご存じでしたか?」とそのままを返した。

よく通る声の続きがテレビから聞こえてくる。

「そこで今日はですね、今すぐに新婚気分が味わえるとっておきのスポットを皆さんにご紹介しようと思いまして……」

一般的にコア視聴率というのはファミリー層の個人視聴率のことを指しているんだそうだ。

「新婚気分っていいものなのかい?」

僕は大の字のままささやくように訊いた。

「それなりにいいものよ」

彼女は僕の広げていた腕を枕にかえて、そう答えた。

そしてその時が、おそらく今夜において、僕ら二人が夜に噛みつかれた瞬間なんだと思う。




                      終

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