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【奥津軽いまべつ】津軽海峡鉄景色【津軽二股】

「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
                      太宰治『津軽』より

「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、旅先での食べ過ぎのせいぢゃああ!」
                  ゆさっちの日常より
おあとがよろしいようで(、._. )、

閑話休題。
ども、ゆさっちです。
東北にやっと冬がきました。
冬の旅情を腹いっぱい・・・もとい胸いっぱい味わいたい。
漂泊の思いやまず、ざっくりとしたプランだけ立てて、津軽行を決行しました。

TVのニュースは、前日の青森のドカ雪を伝えています。
今度こそは、今度こそはふかふかの新雪に、ブリザードに身をさらしたい。
そんな野望を胸に今日も早起き、いそいそと駅にやってまいりました。
今日はいつもの藤田駅でなく、お隣の桑折駅スタートです。

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東北線下りの初発、仙台行に乗ります。

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仙台で、はやぶさ1号新函館北斗行に乗換です。

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列車は最大320km/hで北上します。
雪一つなかった車窓は、程なく雪景色に変わります。

さあ、朝ご飯です。
仙台駅で買ってきた「鮭はらこめし」
仙台には類似の商品もありますが、ゆさっちはこれが定番。
高校生の頃から食べてるなぁ。
ぷちぷちイクラとごろんと入った鮭の身、よく炊き込まれたご飯、アクセントに入っている鮭の塩辛?もビールに合います。

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太宰が1944年(昭和19年)に津軽を訪れたときは上野を17:30発の夜行列車に乗り、14時間半かけて翌8:00に青森に到着しました。
今日、ゆさっちは仙台から2時間で、奥津軽の地に立ちます。
盛岡、新青森と駅毎に乗客が降り、車内は閑散としてきました。
ほどなく下車駅「奥津軽いまべつ」に到着です。

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はい、誰も写ってませんね。
実はこの奥津軽いまべつ駅、全国の新幹線の駅の中で最も乗降客の少ない駅なのです。
その数2017年の調査で・・・・33人/日((((;゚Д゚))))
ちなみにゆさっちがいつもスタート地点にしている東北線の小駅、藤田駅でも638人/日(2017年)ですぜ。
ホームからは2人のお子さんをつれた女性の方が乗車、一方下車したのは、ゆさっちの他に女性の方がひとり、でも改札を通らず駅員さんに何か相談していたので乗越しちゃったのかもしれません。(・∀・;)
列車が行ってしまうと構内は閑散、改札外の待合室は近所のご老人のふれあいの場となっていました。

さて、この駅にはまだ特異な点があります。
新幹線ホームからものの徒歩5分で在来線の津軽線に乗れるのですが、この2つは完全に別の駅なのです。
こんな感じ

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新幹線の奥津軽いまべつ駅はJR北海道(本州にあるのに)、津軽線の津軽今別駅はJR東日本の管轄なのです。
別の駅なので仙台からのきっぷはここまで、津軽線内のきっぷは前もって買っておきました。
これってかなり特殊です。
新幹線と在来線の会社が違う例はいくつもありますが、連絡駅では会社の違いを意識すること無く乗車券は通しで買えます。
例えば、名古屋から千葉まで東海道新幹線(JR東海)と総武線(JR東日本)を利用するとき、乗車券は千葉まで1枚買えば良く会社境(東京駅)で分断されることはありません。
でもここは別の駅、お互いのことは知らんぷりでダイヤも連絡をとるようなことはありません。
そういえば、車内アナウンスでも乗換の案内なかったなぁ、別の駅っていっても普通、相手が私鉄でもアナウンスするでしょう
でも一応、案内は出ていました。

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さて、ではもう一つの駅、「津軽二股駅」に向かって行きましょう。
外に出たところで、奥津軽いまべつ駅の外観を、立派ですねぇ。
これで33人/日です。

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スノーシェッドの役割もあるであろう連絡通路を抜けた先に、津軽二股駅と道の駅があります。

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小さいけど立派な道の駅の脇に、駅に回り込む入り口があります。

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ホームには駅名標だけ、ベンチも時刻表もありません。
そういったものは道の駅が受け持っているようです。

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2つの駅と道の駅、ここらで御紹介できるのはこれくらいですかね。
列車が来るのは2時間後です(笑)
ならば、ここでごはんにしましょう。
道の駅にレストランがあります。
出でよ!ランチ!

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アップ!

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「ぼたん鍋定食」(1330円)です。
猪肉ってなかなか味わえないですよね。
体を温める効能もあるそうで、今日の様に冷え込む時にはありがたいです。
お肉は豚肉よりは歯ごたえがありますが、いやな固さではなく、野趣あふれる感じです。
味噌味でクセも無く、おいしくいただきました。
完食、ごちそうさま。

あとは時間までおみやげを見たりして、列車の到着時刻を待ちます。
何もない駅で2,3時間待ちは当たり前のローカル線の鉄旅にあって、ここは天国ですなぁ。

三厩(みんまや)行の列車が来ました。

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津軽半島の東海岸は、昔から外ヶ浜と呼ばれて船舶の往来の繁盛だつたところである。青森市からバスに乗つて、この東海岸を北上すると、後潟、蓬田、蟹田、平館、一本木、今別、等の町村を通過し、義経の伝説で名高い三厩に到着する。所要時間、約四時間である。三厩はバスの終点である。三厩から波打際の心細い路を歩いて、三時間ほど北上すると、竜飛の部落にたどりつく。
                       太宰治『津軽』より

太宰が龍飛崎を訪れた1944年には津軽線は存在していませんでした。
路線が蟹田に達したのが1951年、現在の終点の三厩で伸びたのが1958年です。
津軽線全通以前の最果てへの道のりは過酷だったことがうかがえますね。
そんなことを考えながら、荒涼とした雪景色の車窓を見つめます。
陸奥湾が見えました。
もうすぐ終点三厩です。

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本州最果ての駅、ここより先に線路はありません。

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去年までは駅員さんが常駐して、ぽっぽやの健さんのように列車に出発の合図を送っていたのですが、設備の自動化で無人化されてしまいました。
もっと早く来たかった。

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ここから外ヶ浜町循環バスで龍飛岬灯台を目指します。
小一時間乗って料金100円!

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ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。
                         太宰治『津軽』より

バスは国道339号線を北へ、北へ。
太宰が記したように、集落は海辺の街道の両側に身を寄せ合うように建っています。
突端の龍飛漁港のバス停でスイッチバックし、しばし山を登ったところに、終点の龍飛崎灯台があります。
眼前にあるのは、あの有名な歌の碑

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中央の赤いボタンをポチると曲の2番が爆音で流れます。
そして目を上に向けると・・・。

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「え?あれは・・・北海道?」
眼前にくっきりと北海道の山々が、最果ての地から見る北海道。
この感動を表現できる筆力が自分にないのがうらめしい。
行ける方は是非行って目にしてほしいです。

あと、車の通れない階段の国道も冬期閉鎖中でした。
ここも通ってみたいなぁ。

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と、感慨に浸っていると、隣にいた青年が
「あの・・・日本の方ですか?」と話しかけてきました。
(なぜかよく聞かれる質問ですが、ゆさっちは見た目もこてこての日本人です)
「はい、福島から来たゆさっちです」
「灯台には登らないんですか?」
「はい、急な階段は登れないんです。」
(ゆさっちは膝が悪くて、動きがちょい不自由なのです)
「じゃあ、僕の車に乗ってきません?行きだけですけど」
恐縮しましたが、折角なのでご厚意に甘えました。
おにいさんありがとう、ボルボの乗り心地すごいよかったです。

で、灯台に上がってきました。

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さてバス停に戻って、三厩駅行のバスに乗ります。
運転手さんは来るときのバスと同じ方。
「いやあ、お客さんラッキーだよ。こんなに北海道がはっきり見えるの数年に1回じゃないかなぁ」
望遠レンズを指さして、「そんな立派なレンズだと函館の市内まで見えたんぢゃないの?」とナイスジョークw。

三厩駅に戻ると、やはりバスから列車に乗り継ぐマダムとツーショットタイム(笑)
列車の時間を聞かれ、「1時間以上ありますよ」というと、
「そんなに?」というので、「到着はあと15分くらいですよ」というと、にこっと笑って身の上話を始めました。
今年で90歳になられたこと。
(話している間、しゃきっと仁王立ちでした。いやぁお若い)
今日は病院に行ってきたことから、最近の医療保険制度に対するご意見まで。
そして、この辺りの昔の様子、冬の移動手段はソリだったことなど。
「あぁ、このおばあちゃんは太宰が来た頃の此の地を知ってるんだ」
と思いました。

そうこうしているうちに折り返し蟹田行となる列車がきました。

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蟹田で青森行の電車に乗り換え

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青森に到着、あまり時間がないけどご飯だ!

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いつもの食堂が定休日なので、こちらのお店へ

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この後運転が控えているので、リンゴジュースで自分に乾杯。

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サーモンのお造り、脂が乗っててうまっ!

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来ました「ほたてづくし定食」

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実は龍飛でホタテラーメン食べる予定が冬季閉鎖中で果たせず、龍飛の仇を青森で取りました。(๑•ㅂ•)و✧ (違うか)
内容は、ホタテの貝焼き、バター焼き、お造り、ホタテフライとどれも大満足でおなかいっぱいになりましたよ。

さあ帰ろう

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仙台まではひとっ飛び
あとは福島行の終電で

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いかがでしたでしょうか。
最後は雑感です。
奥津軽いまべつ駅と三厩駅、確かに面白い存在ではありますよね。
でも、今回現地を訪れて、住民不在、ユーザー不在だなともったいなく感じるところもありました。
現地で感じた、自然、人、食の良さ、また太宰の生地金木町にも比較的近く、小説『津軽』の背景にもなっている文化的な風土、魅力的な要素はたくさんあります。
今回、ゆさっちがたどったルートはそのメインルートになるはずなんですよね。
でも乗換で2,3時間待たされたらいやですよね。

津軽線は北海道新幹線開通と同時に北海道と青森を結ぶ特急が走らなくなりました。
それまで特急の停まっていた蟹田はこの地域のアクセスの拠点の役割を失ったと聞きます。
新幹線と津軽線があの2つの駅を拠点に連携していく必要を感じました。
新幹線随一の秘境駅とか言われてる場合ではないなぁ。
政治でも行政でも地元のインフルエンサーでも、このへんをコーディネートしていけないかなと感じました。
最後は苦言っぽくなりました。
ごめんなさい。

ではでは!また次の旅行記でお会いしましょう!
ばいちゃ!(^^)/

まだまだ書きたい事が、あれこれとあつたのだが、津軽の生きてゐる雰囲気は、以上でだいたい語り尽したやうにも思はれる。私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。
                       太宰治 『津軽』より

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