見出し画像

憧憬・最南端西大山駅

1977年夏。
11歳の自分。
夏休み、蝉時雨の中、縁側に寝そべりながら、買ったばかりの鉄道の図鑑を夢中で読んでいました。
あるページで、ふとページをめくる手が止まります。
「西大山、日本でいちばん南の駅、か。」
(当時の表現、現在は沖縄にゆいれーるができたため、「JR最南端の駅」になっています。)
挿入された西大山駅の写真には、開けた海沿いの平野に唯一、開聞岳かいもんだけが正規分布を表すグラフの曲線のような見事な姿で屹立しています。
その雄大な光景は自分の心をぐっと掴みました。
「鹿児島かぁ、『富士』か『はやぶさ』に乗っていってみたい!」
当時はブルトレとスーパーカーブーム、自分の周りではスーパーカーのファンが多かったです。
でも自分は断然ブルトレ派、中でも最も遠く、西鹿児島駅(現、鹿児島中央駅)まで足を延ばす『富士』と『はやぶさ』は、自分にとってはスーパーカーで人気を二分していたランボルギーニ・カウンタックとフェラーリ・BBのような存在でした。
それは、東北の片田舎の少年にとって幼い日の初恋と同様、憧れるだけの夢でしかないのですが、それでも西大山までの旅程表を書いては、うっとりしているのでした。

2022年冬
就寝中、すっとした冷気で目を覚まします。
ここはサンライズ瀬戸のA個室「シングルデラックス」の車内。
天井まで回り込む大きな窓のシェードを開け、横になりながら東京から窓にずっと車窓に寄り添う月とオリオン座を見ているうちに眠ってしまったようです。

窓ガラスで冷やされた空気に起こされたようです。
「2時・・・か。」
冷たいお茶を一口含むと、車窓に目をやります。
列車は関ヶ原付近を走行中、そこは雪に覆われた銀世界でした。
幻想的な風景ではありますが、岡山での新幹線への乗り継ぎの懸念があります。
「まあ、自分がじたばたしてもしょうがないな。」
再びベットに横になり、列車の揺れに身を任せます。

今回の目的地は初めていくところ、でもその光景は深く脳裏に刻み込まれています。
南国の空、菜の花、そして開聞岳。
そう、JR最南端の駅、西大山。
幼い日の憧れ。
でもその情景はいつのまにか、あの鉄道図鑑のようにどこかにしまい込んでしまっていました。
そのうちにブルートレインもなくなり、その終着駅の西鹿児島も鹿児島中央という名前に変わってしまいました。
でも、あの光景だけはいまも昔のままという知らせに触れ、引き寄せられるように南の最果てを目指しています。

もうブルートレインはないけれど、せめて東京発の寝台列車で彼地を目指したいと思い、この列車の車中の人になっています。

3:18米原運転停車、2分・・早着。
この雪に備え、関係者の方々もマージンを作るべく懸命に走らせてくれているようです。
岡山乗換に支障はなさそうです。
もうしばらく目を閉じて休むこととしましょう。

5:00再び目を覚ますと、サンライズ乗車時のルーティンが始まります。
車内のシャワー室で熱いモーニングシャワーを浴び、身支度を調えながら姫路の定時到着を確認。
和気駅を通過するころ、いつものタイミングでおはよう放送。
降車準備を終えます。

そして6:27岡山に定刻で到着、ここでみずほ601号に乗換え、一気に鹿児島中央駅を目指します。

新幹線はひたすら西へ向けて山陽路を快走しますが、ここも雪化粧。

9:46鹿児島中央駅到着、サンライズから乗りつぐこの旅程、10時前から鹿児島での活動を開始できます。

10分の乗り継ぎでいそいそと指宿枕崎いぶすきまくらざき線の列車に乗り込みます。
「指宿のたまてまて箱」という観光列車です。

中はこんな感じです。
海側の席は外側に向いていて、車窓を楽しむことができます。

出発してすぐ、車窓には鹿児島市内ごしに噴煙をたなびかせた桜島が雄大な姿を見せてくれました。

錦江湾きんこうわんの二層の深いブルー、そして青空。
ここが南国であることを雄弁に語っています。
北国に住む自分はただただ感動の溜息をついていました。

この列車は途中の指宿が終点、乗り継ぎ時間は40分ほど、一旦駅の外に出てランチをとります。

ここは鹿児島、名物の鳥刺しと黒豚のとんかつをチョイス。
そしていい旅であることを願って、乾杯!
鳥刺しは初トライ、コリコリした食感、口の中に広がる旨味に昼間からビールが進みます。
黒豚のとんかつは何度かいただいていますが、安定のうまさです。

40分の待ち時間はあっという間。
いそいそと駅に戻ると、ちょうど列車が来るところでした。
このタイプの気動車は東北ではレアな存在になってきました。

列車は20分ほどで、少年の頃から恋い焦がれた「JR最南端の駅」西大山駅に到着しました。

そして列車が過ぎ去って行く方向に目をやると、昔、鉄道図鑑で見たものと全く同じ光景が出迎えてくれました。

あっけらかんとした南国の空、ぽかんと開けた平原、そして1月に咲き誇る菜の花畑。
そして優美な姿を見せる開聞岳。
「やっと着いた・・来たんだ。」
幼い頃、脳裏に描いたものと変わらぬ姿、まるでこの駅、この光景が自分を待ってくれていたような気がしました。

列車から降りたのは自分一人、しばし周囲に静寂が流れますが、そこは最南端の駅というアイコニックな存在。
自家用車やタクシー、観光バスで多くの人が訪れ、いっときの賑わいを見せます。

そして人々が駅を去るとまた、波が引くように静寂が戻ります。
そして1月なのに少し暑ささえ感じる南国の日差しと開聞岳の眺望だけが残ります。

今日は次の枕崎行きの列車は工事のため、運休。
1時間後に臨時列車が来るようです。
予定より少し長くこの風景を見ることができそうです。
その間も時折訪れる方で賑わいを見せます。
何人かの方は、車も停まってないのに駅のベンチでぽつんと座っている自分を訝しく見る方もいて、「列車で来るという発想がないんだな」と苦笑しました。
ここは駅なんですけどね。(笑)

強い日差しで体がほてってきました。
駅の近くお土産やさんで、マンゴージェラートを買ってクールダウン。
そうそう最南端駅の到達証明書も購入しましたよ。

駅に戻ると、近くの保育園のちびっ子たちが菜の花畑を思い思いに駆け巡り、遊んでいました。
彼らはこれが午後の日課なのでしょう。
この光景の中で日常を過ごす素晴らしさ。
この光景に憧れた少年の時の自分と彼らを重ね合わせていました。

遠くで踏切の音が聞こえます。
そしてカタンカタンと車輪がレールの継ぎ目を踏む音も次第に大きくなってきます。

この駅を去る時が近づいてきました。
意を決して立ち上がり、開聞岳をそして辺りを見回し、胸に焼き付けます。
「また来るよ、また変わらぬ姿を見せてくれ。」
そうつぶやき車中の人になります。
列車はゆっくりした加速で発車し、すぐに北西に転進して最南端の地を離れるのでした。
(本編ここまで)

CAMERA
LEICA SL2
Super-Vario-Elmar-SL 16-35 mm f/3,5-4,5 ASPH. 
Vario-Elmarit-SL F2.8–4/24–90mm ASPH. 
APO-Vario-Elmarit-SL 90-280mm f/2.8-4
LEITZ PHONE 1
iPhone12 Pro Max
---
♥️スキ!ボタンは、誰でも押せます!
noteにユーザー登録してなくてもOKなんです。このページの「ハートのボタン」をポチッとして頂けると、筆者はとても喜びます!どうぞよろしくおねがいします♬

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?