広告デスティニー計画

君は、デスティニー計画(デスティニープラン)を知っているか。

これは、機動戦士ガンダムSEED DESTINYに登場した社会思想の一つである。

めっちゃ簡単に説明すると、
・全人類の遺伝子を採取、管理
・遺伝子を分析して、最適な職種に振り分ける
・コネや血縁関係、根回しなどは通用しない
・基本的に強制的であり、職業選択の自由はなくなる
・最適な職に就けるのでみんな活躍して賞賛されて、いい気持ちになる

上記の実践によって人々の社会から不平不満をなくし、究極的には戦争も根絶できるというわけだ。

当時のオレは、思った。
「か、完璧なプランだ……。少なくとも、失業することはないんだ。はやくオレたちの社会でも実践してくれ……!!」

でも、今なら分かる。
いろいろな弊害があれど、デスティニー計画は「社会に受け入れられない、ある1点の理由」があることに。

いきなり広告の話

デスティニー計画はいったん置いておいて、なぜか突然広告の話を始めます。

マーケティングの一環として、さまざまな個人情報が収集されていることは、ご存知でしょうか。

スマホに新しいアプリを入れたり、ECサイトを訪れたりすると、いろいろな情報にアクセスする権限をリクエストされます。
ネットショップアプリなどを入れると特に顕著ですね。

これによって、パーソナライズを行おうとしています。
従来の、デモグラフィックと呼ばれる明確な属性、例えば性別・年齢・住まいなどの情報に限らず、どんな趣味なのか、何にいくら使うのか、どんな場所に遊びに行くのか、といった個人的な、しかも定性的な情報も集められています。

これらを使って、「あなた」という個人を想定しよう、というのです。
といっても、極論するならそれは「あなたと同じ人はアレを買ってるから、あなたにも同じ物を勧めて買ってもらおう」ということです(※1)。

一時期バズワード的に流行りましたが、最近は鳴りを潜めているマーケティングオートメーションも似た思想をもっています。
タイミングごとに最適な広告を提供すれば、正しく教育(ナーチャリング)できて、感情を変化させられて(カスタマージャーニーマップを進ませて)、自分にとってこの商品は必要なんだな、と気づいてもらって、買ってもらえるはずだ、という考え方です。

アプリのプッシュ通知も同じです。
スマホからあなたの位置情報を取得していて、あなたが特定のお店に近づいたら、そのお店のオススメなどをプッシュ通知で知らせるのです。
あなたは「あら? LINE?」とか思ってスマホを見るけど、スマホには目の前の店でやってるセールの情報が。
おお、セールやってるのね、なら寄ってみるか……。と、お店に入っていくわけです。

きもちわる!

おお、セールやってるのね、なら寄ってみるか……って、なるか!?

なるかよ!!??

「え、なんで俺が今ここの店の前にいるって分かったの? ストーカー? こわっ! きもちわるっ!
って、なりませんか?

私はなります。

ていうか、私も含めて、知っているマーケターのほとんどの方が、「サービスに個人情報は極力落とさないし、Cookie利用はNGにしているし、位置情報とかも送らない設定にしている」んですよね(※2)。
理由は、「どんな風に使われているか知っているし、それがキモいから」です。私もそう思います。自分の情報が自分の手を離れて使われていると、キモいですよね。
(ならそんなマーケティング手法使うなよ!!)

でもね、知らないともっとキモいよ!!

自分の情報が自分の手を離れて使われる不快さ

我が知人のマーケターがほとんど個人情報をスマホに落としていないのは、我々が思っている以上に個人情報がさまざまにやり取りされ、使われていることを知っているからです。

過剰なまでに防衛して見えるのは、我々よりも「どれだけ使われてるか(どんだけ不快か)」を、より深く知っているからでしょう。

この規制は、どうやら一般的な感覚のようです。

iOS14.5のアップデートでは、すでにアプリトラッキングに関する制限が設けられています。アップデートした人の8割強が、トラッキングを許可しない設定にしました。8割強が、自分のデータを使われたくないってさ。

さらに、Cookieの利用規制はGoogleChromeでも実装予定です。

以前の記事では、ユーザーのプライバシーを侵害するような手法は、ユーザーの不利益として認識されている、という話を書きました。

個人情報の保護やマーケティング手法の規制では特に有名な、EUのGDPR(一般データ保護規則)の前文には以下のような内容がなんとなく書かれています。
・個人データが保護されるのは人間の基本的な権利である
・人は、自分自身の個人情報の支配権をもつべきである
・今あるものよりもっと強力な、個人情報を保護する枠組みが必要である

自分の手を離れた自分のデータが、誰かのもとでいいように扱われている、というのは、基本的な権利の侵害に等しい、とまで述べています。

基本的人権を侵害されたらさぁ!
そりゃイヤだよね!

我々は富山の薬売りになれないのか

広告やマーケティングの、とくにマーケティングオートメーションの話をする際に、「富山の薬売り」の例えはよく耳にします。

これは、家庭用置き薬の行商人のことです。各家庭に薬箱を置かせてもらって、次に見回りに来たときに使われた分だけ代金を請求し、補充していく、という手法です。
置き薬をはじめは渋っていても、「置かせてもらうだけ、いらないなら使わなければいいので」と言って置いてしまえば、あとはたぶん、なんとなーく使ちゃうと思います。

「おや、今回は胃薬が多めに減っていますねぇ、お腹の調子でも悪いのですか?」
「へぇ、ちょっと最近胃がムカムカするもんで」
「じゃあ、ちょっと多めに置いておきますね。新しい胃薬も試してみてください」
「おお、こりゃありがてぇ」
みたいなやりとりがあったかは、知りませんが、ありそうですよね。

薬売りは、自分が担当する地域の各家庭の人数や状況、病気の傾向や傷病の有無、場合によっては嗜好までも網羅した台帳をもっていたそうです。

完全な、広告のパーソナライズです。

我々、広告を扱う者は、富山の薬売りになることが目標である、とも言われます。広告は、いらないタイミングで表示されたらただ邪魔なだけです。
でも本当に欲しいタイミングで表示されたなら、それはもはや広告ではなく「求めていた情報」です。表示されたことに感謝するかもしれません。

……って、いろんな場で説明してきたのですが、難しいかもしれないな、と思っています。

だって、薬売りは人だから。
「この行商人のおじちゃんは、オレのことをよく覚えていてくれたんだ、うれしい!」とはなるかもしれないけど、YouTube見てるときに急に差し込まれたプロモーションに対して「オレが好きな商品の紹介してる、うれしい!」とは、なりませんからね。

広告デスティニー計画の終焉

完全に個人にターゲットを絞り、パーソナライズされきった広告は、もはや広告ではない。必要な情報である。

これを見たときに、「あっ、デスティニー計画だな」と思いました。

個人の遺伝子から判断した適正な職業を押しつける社会システムと同じだな、と。
個人の情報から今欲しい適切な商品を押しつける広告と同じ。

どんなにパーソナライズしても、たとえそれが本当に心の底から欲しい商品であっても、自分の情報が自分の知らないところで使われて、その結果自分の目の前に提示された商品っていうのは、気持ちが悪いものなのです。

「自分の手で」「自分の目の届く範囲で」「自分の意志で」
というのが、かなり重要です。

たとえ、コンピューター様が下す判断が最適で、人類は愚かだったとしても。
それでも、人は自分の意志で決めることに重要性を求めるのです。
だからこそ、自分の知らないところで自分の情報がやり取りされて、「あなたが欲しいのは、コレ!」と押しつけられるのは、耐えられないのです。

今見返すといろいろ問題だらけのデスティニープランですが、それらの各種問題など些末事に思えるほどの「それが社会に受け入れられない、ある1点の理由」。
それが、人は自分の情報を自分でコントロールできない状況に耐えられないのだ、ということです。

でもね、人は誤解するからさ!

自分の意志で決めることに重要性を求めるなら、自分の意志で決めてるって誤解してもらえばいいんだけどね!

押しつける感じではなくて、自分で選んだ、って感じるように仕向けるわけね。
広告の最適化やパーソナライズの手法も変わってきています。

その点は、またちょっと動きがあった行動経済学の話のときにでも……。

誤解させるように仕向ける、って書き方はちょっとイヤらしいけど、そのほうが今よりもより適切で、誠実な社会に近づいていくとは思っています。

まとめ

・自分の情報が自分の知らないところでやり取りされているのは、基本的人権を踏みにじられるのと同じくらい不快
・自分で決めた、という選択過程は、もしかしたらその結果手に入る物よりも重要視されているのかもしれない
・押しつけ感がない広告じゃないと、いつまでも広告は邪魔物のまま

個人情報に関する規制は厳しくなっていく傾向にあるので、情報をむやみに収集することでパーソナライズする、という手法は時代遅れになる……というか、不可能になっていくのかもしれません。

それに代わる手法も生まれています。

より誠実な手法で成果を上げていきたいですし、そのような手法を生み出したり、利用したりするチャレンジは常に続けていきたいと思っています。

それでは、みなさんに良きクリエイターライフがあらんことを。


※1:あなたと同じ人はアレを買ってるから~
パーソナライズ(個人化)すればするほど特定のタイプに振り分けられ、「だいたいこんな感じの集団」という枠に入れられてターゲティングされてしまう、というのは、なんかおもしろい皮肉だなーとおもいます。
パーソナライズして個人を特定していくことって、究極的には枠にはめるための行為なんですよね。
マーケティングアイロニー!

※2:位置情報
接触確認アプリに必要なので、最悪ですが、位置情報はオンにして生活しています。そうしたら、思った以上に位置情報が利用されてて、マジで引いています。気持ち悪すぎる。

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