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基礎研究の恩返し

最近最近(注1)、あるラボに教授と大学院生が所属していました。ある寒い雪の日、大学院生は過去の文献を漁っているときに、打ち捨てられた一つの基礎研究テーマをみつけました。過去に一名がやっていただけでその後引用は全くされていません。大学院生はとてもかわいそうに思いました。
「今実験して論文を書いてやるからなあ。」
基礎研究を区切りの良いところまで完成させてやると、基礎研究はIFの低い雑誌にアクセプトされました。
論文が公開された日、大学院生はその話題を教授としていました。
すると入口をたたく音がしました。
「だれでしょう。」と教授は扉をあけました。
美しい娘さんがそこに立っていました。
「夜分すみません。教科書の解説の省略が激しくて道に迷ってしまいました。学問的に。どうか一晩ここに泊めて質問させてもらえないでしょうか。」
「ごらんの通り研究費がなくて研究が止まってますがよかったら泊まっていって下さい。」
娘さんはこの言葉に喜びそこに泊まることにしました。
次の日も、また次の日も質疑応答は続き数日が過ぎました。
娘さんは心優しく二人のために事務作業、文献調査、実験、何でもやりました。寝る前には大学院生、教授の肩をやさしく揉んであげました。
学部生のいない二人は、学部生のように思いました。
ある日、娘はこう言いました。
「私は新規テーマを始めたいと思います。必要な実験道具を買ってきてくれませんか。」
大学院生はさっそく実験道具を買って来ました。作業を始めるとき、こう言いました。
「これから、研究をします。研究している間は、決して部屋をのぞかないでください。」
「わかりましたよ。決してのぞきませんよ。素晴らしい研究を行ってください。」
部屋に閉じこもると一日じゅう研究を始めました。夜になっても出て来ません。次の日も次の日も研究を続けました。教授と大学院生は作業の音を聞いていました。
三か月目の夜、音が止むと一報の論文を持って娘は出てきました。それは実に美し今まで見たことのない論文でした。
「これは高IF雑誌にも通る論文と言うものです。どうか明日投稿してください。そしてもっと研究費をとってもっと実験器具を買ってきてください。」
次の日。教授は論文を投稿しました。
素晴らしい内容の論文と極めて的確な査読コメントへの返事で教授はreviewer2(注2)を黙らせました。とても高いIFの雑誌に通ってたくさんの研究費を得たので教授は実験器具と装置を買いました。
しばらく後、娘はまた研究をはじめました。三か月が過ぎたとき、大学院生は教授に言いました。
「すばらしい論文をどうやって書くんじゃろ。ちっとのぞいてみたい。」
「ちょっとだけ。ほんのちょっとだけですよ。」
とうとうのぞいてしまいました。
娘がいるはずの部屋では、一つの基礎研究が長いくちばしを使って羽根を抜いて論文に織り込んでいました。
その夜、娘は論文を持って部屋から出てきました。
「教授さん、大学院生さん、ご恩は決して忘れません。私は打ち捨てられているところを助けられた基礎研究です。恩返しに来たのですが、姿をみられたからにはもうここにはいられません。長い間ありがとうございました。」
と手を広げると、基礎研究になり、空に舞い上がると家の上を回って、山の方に飛んで行ってしまいました。

参考文献

上田良二 基礎研究の恩返し

鶴の恩返し

注釈
注1:言うまでもなく「むかしむかし」の対義語である
注2:reviewerは査読者つまり論文を審査する人。後に続く数字で役割が違い2の役割はヒール(悪役)

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