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BUGプレオープンイベント「子育てと制作と仕事」黑田菜月さん×山口梓沙さん×阿部明子さんインタビュー【取り組みを始めたきっかけや個人と社会の関係性について】

たとえば介護現場で働く人々は、かつて自身が介護していた人の部屋の写真を見て何を思うのか──写真家の黑田菜月さんは、このように写真を媒介として、人と人、それぞれの記憶と言葉を結びつけるような作品を手がけてきました。そんな黑田さんが2021年に始めたのが、子育てと制作についての課題や悩みを持つ人が集まる座談会。子育てによる生活と制作の変化や、子育てをする前は想像もしなかった困難について共有するためのものです。

子育て中の親は社会と接続しづらく、また昨今はコロナ禍も重なったことでより孤立感や疎外感が強まる傾向にあります。黑田さんは、まさに子育てと制作の課題に直面していた知人の写真家、阿部明子さんの悩みに応える形で座談会「子育てと制作」を始めたといいます。

座談会「子育てと制作」には、このテーマに関心を持つ人であれば育児未経験の人も参加することができます。座談会の記録冊子の企画と編集を担当した写真家の山口梓沙さんも、育児未経験でありながら、当事者を取り巻く切迫した状況に対して課題を感じて参加した一人です。

現在東京駅にあるアートスペース BUGでは、「子育てと制作」から「子育てと制作/仕事」へとテーマを広げての座談会と展示、ワークショップを開催中(〜8月5日[土])。アーティストとビジネスパーソンが集まり、このテーマに関してそれぞれが抱える課題や悩みに耳を傾けあう場となっています。今回の開催に際して、「子育てと制作」を中心的に動かしてきた先述の3人にお話を伺いました。


コロナ禍での育児は孤独や不安との戦い。
同じ境遇の写真家と出会いたい

阿部明子(以下、阿部):2020年当時、まだコロナ禍が始まった頃で人に会えず、日々の会話は自分の家族とだけ。どんどんと脳味噌が溶けていくような感覚があり、自分自身が話す内容に自信をなくし、「この状況は写真家として大丈夫なのか」という不安を抱えていました。そんな中で黑田さんが、他の写真家も集めてオンラインの写真勉強会を開いてくれました。久しぶりに写真家の人たちと話せたことがとても楽しく、その会が発端となって、新たに「子育てと制作」をテーマとした座談会が動き始めました。

私と同じく子育てと制作の両立に悩む作家が近くにいたら、「どのように隙間時間を作っているか」「パートナーとの家事分担はどうしているか」「時短のコツはなにか」など、相談したいことが山ほどあります。しかし私が暮らす神奈川県三浦市に同じ境遇の人は一人もおらず、日に日にストレスが溜まっていきました。

黑田菜月(以下、黑田):阿部さんから「身近なところに写真家がいない」「子育てしている作家は一人もいない」という話を聞き、よくよく考えてみたら、たしかに私の周りにも子育てしながら作家活動を続けている人はほとんどいませんでした。私一人では相談には乗れないと思って「子育てと制作」についての座談会を企画し、SNSを活用しながら参加者を募りました。

写真家は集団行動が苦手な人が多いからなのか、そういった傾向がなく、他の写真家と共同制作することもあまりありません。私は未婚で子育てもしていませんが、阿部さんの孤独には共感できる部分がありました。


未経験者もアウェイにならないために。
全員が話しやすくなる場づくりを

黑田さんが強調するのが、「子育てと制作」について、トークイベントではなく座談会であるということ。参加者は自分自身も話さなければいけないという座談会の趣旨を全面に出して告知していたため、参加のハードルは高くとも、同じ問題意識を持つ人が主体的に集まったことで自ずといい空気感が生まれたといいます。

黑田:座談会で行ったことの一つに、1日のスケジュールの聞き取り・書き取りがあります。参加者の目的を大きく分けると、「1.育児中で、育児における問題について話したい人」と「2.育児は未経験だけど、育児の大変さについて知りたい人」の2つ。1の人の中には切迫した状態で座談会に参加している可能性があるので、2の人が1の人に向けて、子育てと制作についてストレートな質問を投げかけた場合、育児未経験の人からの関心に晒されているような気分になるという懸念がありました。そこで、1日のスケジュールについて2の人が聞き取り書き取る形式を取ることで、具体的な話題の中からそれぞれの課題を見出せないかと考えたのです。

山口梓沙(以下、山口):子育て未経験の私が座談会に参加するのはアウェイなのではないかという不安がありましたが、聞き取り・書き取りという役割を与えられたことでその場に居やすくなりました。また、1日のスケジュールを聞くという枠組みがあることで自然と生活や制作の深掘りをすることが出来ました。

黑田:一人ひとりが主体的に話せる座談会にしたかったので、座談会当日までも、メールでやりとりを続け、また当日はグループ分けや席順を工夫するなどの場づくりを心がけました。当日は会場9名、オンラインから4名が参加しました。最初は、課題が近い人同士で4つのグループに分けて居たのですが、阿部さんが「子どもの年齢によって状況が違うので、それぞれの課題は似ているように見えてそうではないかもしれない」と。年齢の近さも重要だとアドバイスしてくれたことがとても勉強になりました。

また子育てと制作の当事者の中には、「自分の話が単なる日頃の愚痴になってしまうのではないか」という不安を感じている人もいたので、「それは愚痴ではない」としっかり伝えることも心がけていました。誰かに話すことで自分自身が今抱えている問題を整理してほしい、というのがこの座談会の目的です。

山口:一回目は、精神的にも体力的にもギリギリの状態の人がたくさん参加されていましたが、この座談会で同じ悩みや課題を持つ人と話せたことで気持ちが回復し、少しずつ元気になっているように見えました。それは黑田さんの念入りな事前準備や工夫があったからですし、人と人をつなぐ場づくりや対話に特化した作家さんなので、対話によって生まれる作用や心の機微を見る解像度がすごく高いと思いました。


家庭と社会は地続きの世界。
様々な問題を自覚してほしい

黑田:私個人としてのもう一つの裏テーマは、様々な問題を自覚して抵抗できる人を増やすこと。まさに最初は参加者の一人だった梓沙さんが、今ではこんなに主体的に座談会を動かしてくれていることが、この活動を始めて良かったと思える一番の理由です。
優しい作家ほど自分の制作を後回しにして家庭に寄り添ってしまいますが、すべての作家が制作を続けられるべきだと思うので、家事や育児を理由に、制作へのモチベーションを頓挫させてしまうのはもったいない。座談会を通じて、子育てと制作についての悩みや葛藤が少しでも解消されて、それを出発点に様々な問題に対して自覚的になり、いずれは社会は家庭と地続きなものとして外にも関心を向ける人が増えてほしいです。

山口:子育てと制作を取り巻く社会環境に問題意識は感じつつも、この座談会自体は問題を提起して直接的に制度に働きかけるものではありません。一見素朴に見えますが、同じ課題や悩みを持つ人が集まり話し合う中で、参加者それぞれの気持ちに余裕が生まれ、自然と意識が社会に向かうような座談会になっています。その意味では、同じ利害を共有する人たちが安心して話せる場で集まるという、とても社会運動的な会だと思います。

黑田:誰かに向けて声に出すというアクションを通じて、個人的な出来事と社会が同じ線の上にあることに気づいてほしいです。また余裕がなくなって、子育てと制作の両立について真剣に考えたり、社会に参加したりすることが面倒に感じる人も少なくないかもしれません。私はそういう人たちに歩み寄りながらも、厳しく鼓舞する存在であり続けたいと思います。

阿部:「子供の教育費を無料にしてほしい」「美術館はもっと積極的に子育てアーティストの展示を企画してほしい」など、社会に対して変わってほしいと思う部分はたくさんありますが、まずは一人ひとりが問題を自覚することが重要です。実際に私は座談会に参加してみて、自分自身の個人的な悩みは、実はいろんな人も抱えている悩みであることに気づき、視界がひらけて次のステップに進める感覚がありました。
次に私は、今暮らしているところを楽しくするための環境整備の一環として、街の小さなお店や空き店舗を借りて外から写真家を呼んで写真展をしたり、地元の人と一緒にお茶を飲みながら写真についておしゃべりしたりする機会を作ろうと思っています。今回BUGでは、そのプロセスの記録写真を展示する予定です。

黑田:私にとって「子育てと制作」は居心地がいい場ですが、別の空気感を求める人もいらっしゃると思います。阿部さんのように様々な人が会を企画しはじめて、東京に限らず日本全国でコミュニティが多発したら嬉しいです。

日本の選挙の投票率が低いのも、個人と社会は地続きなものであるという認識が弱く、また社会から切り離されている感覚もあり、具体的なビジョンを見ることができない人が多いからなのかもしれません。
自分から口に出さないかぎりは誰とも共有できない家庭のこと。問題が整理されていない状態でもかまわず声に出し、似た境遇・同じ境遇の人と話しあうことが、今日よりも明日を生きやすくする重要なケアになるのだと思います。