見出し画像

壁とたまご

こんばんは。

 「夏を目途に退職します」と会社に伝えたのが1月のこと。それなのに、むしろ新たな業務が増えている感すらあり、日々、忙しくさせてもらっています。いまだにヒートテックを着ていることも相まって、季節の変化を感じるゆとりもないまま、早くも4月がやってきました。

 私は今の会社で人事として働いていて、3月は、いわゆる「春闘」(労働組合と会社とのあいだの給与交渉)に、会社側の事務方として携わらせてもらいました。
 
 平たく言えば、働く人たちが、会社に対して「給与を上げてくれ」という交渉をやるのが春闘ですが、そのゴールは、単純明快とはいかない。なぜなら、仮にみんな同じ金額だけ給与が上がったとしても、それを受け取った時の反応は人それぞれで異なるから。

 会社にとっては、社員にお金を渡すのであれば、その機会を無駄にしたくない。だから、一人でも多くの社員に「これからも仕事頑張れそう」と思ってもらえるような交渉にすべく、金額の結果だけでなく、その過程を含めてメッセージをつくる。そこに人事部の仕事があります。

 そこで意識せざるを得ないのが、労使関係(働く人と会社の関係)には、いつも「壁」があるということ。雇う/雇われるという非対称な関係において壁があるのは仕方ないとしても、その向こう側にいる人たちにどうやってメッセージを届けるのか、というのが私の仕事のテーマでした。

 春闘では、何回かに分けて交渉をおこなって、最終回に会社から回答(=賃上げ額の回答)を伝えるまで、あーでもない、こーでもないと労使双方が意見を交わすしきたりになっています。

 私は、周囲に意見をもらいつつ、経営者が読み上げる原稿(国会の首相答弁のイメージ)を書かせてもらいました。そのなかで、今回は、会社として自信を持って判断ができない状態であること、つまり経営者も「迷っている」ことを労働組合に伝えるよう、原稿を書いてみました

 経営者が迷っていると社員を不安にさせる部分ってあると思うので、普段、多くの社員が見聞きする場面では、そういう言葉は使いません。

 けれど、私から見る限り、今回は経営者本人にとってもそれが嘘ではないと思ったし、それ以上に、立場のある人であってもそういう感情を持っていて欲しいなあ、という私の小さなエゴが顔をのぞかせたのです。

 作家の村上春樹さんが、かつてスピーチのなかで、社会システムを「壁」に、自分自身を含めた一人ひとりの人間を「たまご」にたとえて紛争を批判したとか。

 殻の中に迷いを抱えた、一つのたまご。コンクリートの壁の前では無力で、割れやすいたまご。もちろん、労使の壁を乗り越えようとかいうのは無理な話だけど、迷いを抱えた存在であることはきっと経営者も同じなんだよね、と伝えてみようと思いました。

 実際の交渉では、私の書いた原稿がそのまま丸ごと読まれたわけではなかったですし、それはそれで経営者自身の生の言葉が聞けて良かったりしたのですが、果たして、社員一人ひとりに、どんな風に受け取られたのかな。「大してなんも思わないよ」がほとんどの人の気持ちかもしれないですが、すこーしだけ気になります。

 小さな勇気を出して言葉を伝えてみたという、春のお話でした。


23/4/1 とべかえる

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?