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カメラおやじ

気まぐれな風が吹き抜けていく駅のホームで、ぽつねんと電車を待っているおやじさんはカメラを首からぶら下げていた。

他の荷物は何もない。背広姿でもない。デニムの帽子を被り、運動靴を履いた平日の昼間に暇があるひとだ。

大事そうに手を添えているのは、えらく立派なカメラだ。一眼レフというものだろうか、レンズのまわりに目盛りがたくさんついている。

ときどき線路にレンズを向けてはその目盛りをいじっている。

ほどなく電車がホームに入ってきた。

そのおやじさんが先頭で待っているにもかかわらず、横入りしてきた男がいた。

漫画家のエビスさんが年を取って善人らしさだけが抜けたという風な鈍感そうな面構えの男だった。

おやじさんの足運びはゆっくりだから待ちきれなかったのかもしれないが、マナー違反である。

が、押しのけるように入り込んだその男の足の前におやじさんは何食わぬ顔で足を出した。

男は足を取られてすっころびそうになるが、横入りしてるだけに文句は言えない。

それでも、腹立ち紛れにきつい目つきでおやじさんを睨む。

おやじさんはどこ吹く風で席につく。男は向かい側の方の座席に座った。

先を争うまでもなく空いた車内だ。わたしはゆっくりおやじさんのとなりに座った。

ふっと空気が動いた気がしたので目をやると、おやじさんが男のほうにむけてカメラを構えている。

さっきのお返しとばかりにファインダーをのぞき続け、めもりを右へ左へとまわしている。

男はなんだか居心地が悪そうにする。だれだってそうなるだろう。いやそうな顔になって、あらぬほうに視線を向けている。

それでもおやじさんはやめない。決してシャッターは押さない。一眼レフでにらみ続ける。

駅が二つほどすぎて、乗り込んできたひとがおやじさんの前に立った。

ようやくおやじさんはカメラを膝の上に置いた。細い目が少しわらっているように見えた。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️