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2022年6・7月の記事

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①【評論】中動態にとって「怒り」とは何か?――近藤恒夫氏の自伝『薬物依存』から―― 小峰ひず二み ②【連載】フィクションの感触を求めて(第三回) 勝田悠紀 ③【文芸時評7月】干さ… もっと読む
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干さオレ~二子玉死闘篇~(第二回)

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批評の話でもしましょうか

文芸批評時評・7月 中沢忠之 瀬戸夏子の「我々は既にエミリー・ディキンソンではない」(『群像』7月号)を読みながら、私は批評にネガティブな感情をもったことがないなと思った。たぶん鈍感なんだろう。私事で恐縮だが、おそらく批評らしきものを意識しだした20代全般の記憶が私にはあまりない。大学時代からダークサイドに落ち、なんとか卒業できたものの、就職活動はせずに2年間誰とも会わず実家にひきこもっていた。さすがに何かしなければと思ったのだろう、柄谷行人という名前をたまたま目にした大阪の

地方文学賞の賞金で文芸同人誌をつくる(最終回)

『巣』が連れていってくれたところ  なかむら あゆみ 5月中旬、年賀状が届きました。いや、「書き損じの年賀ハガキ」と言った方がいいかもしれません。差出人は糖尿病の治療を受けながら施設で暮らす義母。年賀状は出さない人だから「誰にこのハガキ貰ったんやろ?」と思いながら裏返すと、(誰かが書いた)「あけましておめでとうございます」の上にためらうことなく引かれた三重線。その横に丸い先の鉛筆で書いた義母の字がありました。「りんご、乳ぼーろ、ぎゅうにゅう、うぐいすボール、みっくちゅじゅーち

干さオレ~二子玉死闘篇~(第一回)

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想像力の死角とギミック的フィクション——フィクションを「ケア」することは可能か(2)

フィクションの感触を求めて(第三回) 勝田悠紀 1. 『ドライブ・マイ・カー』と異化  濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』を観た。村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』を原作とし、その中心にチェーホフの戯曲を据えるこの作品は、小説と演劇という二つの文学ジャンルをふんだんに取り込んだ映画だった。  原作を踏まえて見ると、そもそも登場人物も内容もまったく異なる六つの短編を組み合わせてひとつの物語に仕立てた構成力に感心する。しかし村上とチェーホフは、単にプロットの素材を

中動態にとって「怒り」とは何か?――近藤恒夫氏の自伝『薬物依存』から――

【評論】小峰ひずみ こんにちは、小峰ひずみです。  先日、私は『平成転向論 SEALDs/鷲田清一/谷川雁』を発売しました。おかげさまで、多くの人に読んでもらっているようです。ありがとうございます。今回は『平成転向論』には入れなかったけれど、私としてはやはりはずせないよね、ということを文学+の場を借りて、述べさせていただきたいと思います。短いですが、お付き合いください。  『平成転向論』は政治家・活動家・企業家・支援者などの実践者について述べています。つまり、主体の話をしてい