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ネイチャーフォトに明け暮れて60年。野生動物写真家が語る、クマの魅力と三度の恐怖体験

Author:福田俊司(野生動物写真家)

国内外に分布するツキノワグマとヒグマ、陸上最大の肉食獣であるホッキョクグマ。わたしは地上最強の野生動物であるクマを追い、身近な山から極東ロシアまで30年以上わたり歩いてきた。このたび、長年撮りためた作品を厳選し、観察してきた生態と撮影時のできごとをまじえて、集大成としてまとめた写真集『BEARS』を上梓。この機会に、クマにまつわるエピソードをご紹介したい。

長期取材の際、わたしは「鬼平犯科帳」(池波正太郎著)の文庫本を撮影機材に忍ばせる。何度もなんども、読み返す。この愛読書さえあれば、数か月の海外取材でも、決して寂しくなることはない。
池波正太郎が、歴史小説の重鎮・長谷川伸の門をくぐったときに受けた薫陶。
「男のやる仕事としては、かなりやり甲斐のある仕事だよ。もし、この道に入って、途中で自信を失い、自分のしていることに疑いを抱くようになるのは成功を条件としているからだ。好きな仕事をして成功しないものならば、男一代の仕事ではないというのだったら、世の中にどんな男の仕事があるだろうか……」
まもなく75歳の誕生日をむかえる。作家と写真家という違いこそあるが、この長谷川伸の言葉を、今もなお、繰り返し噛みしめている。

ネイチャーフォトに明け暮れて60年。わたしは可能なかぎり、大自然のなかに身をゆだねてきた。そして幾度か、宇宙との一体感……至福の刻(とき)につつまれた。

チュコト自治管区の山岳地帯

初体験はウランゲリ島。この島はチュクチ海(アラスカとシベリア北東部の北にひろがる北極海の一部)に浮かぶ絶海の孤島で、ホッキョクグマの世界一の繁殖地。この撮影行の詳細については写真集『BEARS』に譲ろう。

アポロ11号の月面着陸の映像を観たことがあるだろうか? 月には大気がないので、月面では光に照らされた部分と影の明暗がくっきりする。同じような現象が、地球上でも見られる。北極圏には水蒸気が少なく、さらに人間が排出する廃棄物からも隔絶され、大気は澄み切っている。ウランゲリ島で雪面に立つと、自分の影が黒い切り絵をくっきりと描く。

ホッキョクグマの親子の撮影に成功し、ベースキャンプにむかってスノーモービルを走らせた。極北の春陽は短く、速い。銀世界のゆるやかな斜面が、巨大な刷毛で塗りつぶされるように、刻々と黒く染まっていく。スノーモービルの走行が、白銀から漆黒へと線が引かれる速度とシンクロする……。どれだけの時間だっただろうか、わたしは宇宙との一体感につつまれた。

母グマに甘える子グマ

最近の至福の刻(とき)は、カムチャッカ半島クリル湖のヒグマ撮影の山小屋暮らし。新型コロナウイルスの蔓延やロシアによるウクライナ侵攻以前は、各国からのクマ・ツアーの観光客が年間5000人以上がクリル湖を訪れていた。その当時、ワイルドライフ・ツアーでは世界のトップクラスだっただろう。
不幸にも過去にはヒグマによる人身事故があったので、今は厳格なルールが施行されている。ヒグマの観察と撮影に関わるおもなルールは3つ。
・クリル湖への訪問者は、クマの接近を防ぐ電気柵内ですごす。
・野生動物(ヒグマも含めて)への給餌は禁止。
・特別な許可を得て電気柵から出て、野生動物を観察および撮影する場合には、自然保護区監視員が必ず同行し、観察場所や距離などは、監視員の指示に従う。

電気柵前のヒグマ

あるヒグマの事件をきっかけに、わたしはヒグマの撮影から距離をおいていた。だが古希を迎えたとき、ひとりのネイチャーフォトグラファーとして、野生動物の頂点に位置するヒグマの撮影に再び挑戦する決意をかためた。
ヒグマの撮影を再開すると、ネイチャーフォトグラファーにとって「歳をとるということ」は、それほど悪いことではない……と気づいた。多くを経験してきたので、なにごとに対しても冷静に対応できるのだ。

撮影時期は、ベニザケ遡上の最盛期をあえて外し、ヒグマ観察・撮影目的の訪問者が途絶える晩秋にした。わたしが現地入りしたとき、最盛期には河口に30頭以上群れていたヒグマたちは数頭のみ……でも、ふっくらと肥えて毛並みが美しい。

オホーツク海からクリル湖へそそぎこむオゼルナヤ川の河口付近

自然保護区から特別許可が下りた。広大なクリル湖に、撮影者はわたしのみ、そして監視員がひとり。河口の中洲で椅子に腰かけて、早朝から夕暮れまで約1か月間の撮影三昧。時にはうつらうつらと舟を漕ぐ年寄りフォトグラファー……ヒグマたちの眼には、どのように映っただろうか。ヒグマは数が少ないから、各個体の個性もはっきりし、つぎの行動も読める。若かりし頃は、自分の身体から妙なエネルギーが発散して、被写体にストレスを与えていたかも知れない。

一度だけ、監視員がクマ撃退用のスプレーをつかわなければならないときがあった。ヒグマの親子が、7~8メートル先で高いびきをかきながら眠っていた。子グマは目覚めると、わたしに興味をもったらしく、なんと1メートルほどまで近寄ってきた。気づいた監視員が、これはまずいとスプレーを発射!……ところが逆風で、ガスにむせたのはわたしたちだった(笑)。

山小屋にもどってベッドに横たわると、たちまち自宅で寝ている錯覚に陥る。横に居るはずの妻の名前もしばしば呼んだ。ここですごした刻(とき)、わたしのなかで、ワイルドライフ天国の小宇宙が形成されて、いつまでも続くようにと願った。ロシアには“北の病(северная болезнь)”という言葉がある。厳しい北国の暮らしに悪態をつきながらも、北国の自然に魅せられて、北国から離れられない病だそうだ。わたしのパッションも、それに似た感情だろうか。

撮影用に造った小屋で、アムールトラの出現を待つ著者

近年、日本では、ツキノワグマやヒグマに対してネガティブな反応が多くなった。わたしは過去に1000頭以上のクマと会ってきたが、今までに3回、恐怖体験に見舞われてきた。

最初の体験は中学生のとき。昆虫少年だったわたしは、昆虫採集仲間、弟と3人で山道を歩きながら、チョウの採集をしていた。あるやぶに差しかかったときのこと。プーンとなんともいえない生臭いにおいがし、バサッと大きな音がした! 3人とも無言でその場から全速力で逃げた。姿は見なかったけれども、数十メートル走ってから、3人は一斉に「クマ!」と声を震わせた。
2回目はツキノワグマの初目撃。この遭遇事件については『BEARS』の冒頭に記した。2つのツキノワグマ遭遇事件での対応は、今から考えると、山野を歩く者として初歩的な過ちを冒していた。それについても、写真集のなかで振り返っている。

3回目の恐怖体験はホッキョクグマの襲撃で、九死に一生をえた事件。当時、わたしは51歳……いま省みると、ネイチャーフォトグラファーとしての自覚の欠如に身がすくむ想いだ。単身で撮影中、ホッキョクグマが襲撃してきた。至近距離でピストル信号弾を撃ち当てたが、ホッキョクグマは再び襲ってきた。ところが2発目は不発。その瞬間、巨大な掌がわたしの右足をたたいた。その直後、いくつかの幸運にめぐまれて奇跡的に生還することができた(この事件についても写真集でくわしく解説している)。このとき、わたしが殺されていたら、罪のないホッキョクグマの親子は殺され、多くの人たちに多大な迷惑をかけたことだろう。恥じ入るばかりだ。この経験が教訓となり、これ以降のツキノワグマとヒグマ撮影に活かされたと考えたい。

雪ブロックを積み上げて造った撮影用ブラインド。ホッキョクグマに破壊された

ところでクマは、凶暴で恐ろしい生きものなのだろうか? 近年、日本国内のツキノワグマ捕殺数は毎年2000頭から5000頭に達し、北海道のヒグマ捕殺数は700頭から800頭以上。私見では、クマは人間を恐れつつ、気づかれぬようにひっそりと暮らす生きものだと受け止めている。クマの視点に立てば、人間という生きものはどのように映るのだろうか……小柄にもかかわらず、大きな鉄の塊(自動車)を動かし、難なく巨木を切り倒し、自分たちがくらす野山をコンクリート化し、そのうえ数百メートル先のなかまを撃ち殺す……まさに恐ろしい魔術師! 
近年、この魔術から解かれたアーバン・ベアの存在が世間を騒がせている。恒常的に市街地周辺に棲息するクマで、市街地に出没する可能性が常にある。
わたしは、この恐ろしくも愛らしいクマたちが大好きだ。クマの姿が消えてしまったら、日本の、そして世界の自然がどれだけ寂しく、貧しくなることだろう。写真集『BEARS』上梓が、この素晴らしいワイルドライフとの共存を考える一助となることを願って止まない。

Author Profile
福田俊司
野生動物写真家。1948年、宇都宮市生まれ。「地球的視点で日本の自然をとらえる」というテーマのもと、国内外で精力的に撮影に取り組む。1990年以来、ロシア科学アカデミーの協力を得て、 おもにロシア極東部(シベリア)を取材。アムールトラ、アムールヒョウ、ホッキョクグマ、オオワシ、千島列島などで世界初撮影の作品も数多く、世界的に評価が高い。世界の2大自然写真コンテスト、BBCの「Wildlife Photographer of the Year」とスミソニアンの「NATURE'S BEST」の両方を制覇。『シベリア大自然』(朝日新聞社)、『シベリア動物誌』(岩波書店) 、『科学のアルバム フクロウ』(あかね書房)、『ホッキョクグマの王国』(文一総合出版)、『鴛鴦』(文一総合出版)ほか著書多数。2023年春、集大成として『BEARS』(文一総合出版)を上梓。とちぎ未来大使も務める。
Wildlife Photographer of the Year 2013絶滅危惧種部門最優秀賞&特別大賞
NATURE’S BEST Backyards 2015-2016 Backyard最優秀賞




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