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クリスマス・イン・ザ・ブルー

原作 うののさあら @mochinomori
雨とピアノとタクシーと』☔️🎹🚕✨

著者 BUNKI


「…クリスマスなんて、でぇっきれぇだぁ!…」
流れる街の灯と雪の中、俺は後ろの客に聞こえないように小さく呟いていた…



前にじゃずのチケットを譲ってもらったくちゃくちゃ女。
お礼に飯でも食いに行こうと誘ったのは、その公演からしばらく経ったある日のこと。
季節はすっかり秋になってた。


そして今日はクリスマス・イブ
くちゃくちゃ女は師走の繁忙期に入り身動きが取れなかったのだけど、仕事の目処がたったとのことで、ようやくその日がやってきた。


待ち合わせまであと1時間…


タクシーを軽く流して上がろうと思ってた俺の目に、ホテルの前で手を上げてた婆さんが飛び込んできた。
婆さんの目の前に車を停め、ドアを開ける。

「静岡の伊東まで、急いでくれ!」
後ろのシートに座った婆さんはそう言い放った。
「ちょっ、お客さん、タクシーなんかより新幹線の方が良いんじゃないかい?
それにタクシー代も馬鹿にならんしよう?!」

「新幹線は途中の雪と停電で運休中じゃ。それに金のことなら心配いらん!」

俺は慌てて、代わりに長距離に行ける他のドライバーを探したが、クリスマスイブということもあって、誰も車の空いてる奴はいなかった。

仕方がない!乗せちまった客を追い返す訳にはいかない。
俺は腹を括ってタクシーを発車させた。 

雪がチラチラ舞ってる街の中はイルミネーションの光で華やかだった。

車はやがて高速に乗り、ぐんぐんスピードが上がっていく…

「運転手や、すまないねぇ。あんたも今夜は何か予定があったのじゃろう?」

「ま、まぁな😓…(もう上がりだったてぇのに)」

「不景気とかいうのに、こういうイベント事は収まることを知らん。わしの子供の時にはこんなハデな事は想像すらできんかった…」

婆さんはひとつため息をつき、ゆっくり話を続けた。

「あれはわしが6つの時じゃった。わしには一回りも上の兄がいて、航空隊に志願して遠くに出征しておった。その兄がクリスマスの前の夜、突然家に帰ってきて、
『今日は外国の神様の誕生日の前祝いだそうだから、お前もこれ食べろ。』
と饅頭や飴玉をわしの手に乗せてくれた。灯はロウソクだけだったが、その夜は久しぶりに一家団らんで明るく楽しい時間を過ごせた。
次の朝、兄は夜も明けぬうちに隊に戻って、わしは2度と兄に会うことはなかった。
歳をとっても兄と楽しく過ごしたあの夜のことは忘れられんで、今のクリスマスはどうなのかと思ってしまう。じゃがこれはわしだけの気持ちで、人には皆、人の数だけの過ごし方、考え方があるのは、齢を重ねる毎に何となく分かっていった…」・・・


「お客さん、もうすぐだぜ。」
婆さんの誘導で大きなホテルの前に車を止めると、料金の決済をする俺に
「つまらん事を長々と話してすまんかったのぅ。それとお前さんの予定を狂わせた事を許しておくれ。」
そう言って婆さんは車を降り、少し俺を見送ってくれた。

婆さんが見えなくなると、俺は約束を思い出し
「やべぇ、もうこんな時間…」
と重い気持ちに鞭打って、東京に向けて車を走らせた。


時刻は11時。
「怒って帰ってるだろうなぁ…」
と申し訳ない気持ちを引きずって約束の場所に辿り着いてみると、まばらな人通りに見覚えある人影。
「待ってた?この寒い中を…!」

俺はすぐに駆け寄ってくちゃくちゃ女の手を引っ張って車に乗せた。
「すっかり冷えちまって…こんな時間まで待たせて悪かったな。だけど今日はもう帰ろう。」
「ううん、約束してたからきっと来ると思って、帰っちゃ悪いかなって…」
この後俺は何も言えないまま、くちゃくちゃ女を家の近くまで送り届けた。
申し訳ない気持ちが後を引いた。


数日後、見覚えない会社から俺宛に封書が届いた。
「ホテル伊東?誰だこれ??」

中には食事券が入っていた。
そして手紙には
『…先日、東京から静岡の伊東まで送って頂き、ありがとうございました。
到着が思ったより早く、大事な要件も滞りなく済ませる事ができ、大変感謝しております。
つきましてはお世話になったお礼と言っては何ですが、お食事に招待致したく、東京若しくは静岡、ご都合の良い場所と日時、人数をご連絡頂けたらと思いますので、よろしくお願いします。
株式会社ホテル伊東 会長 〇〇…』

「あの婆さんはサンタだったのかも知れねえな? …あぁ、またくちゃくちゃ女を誘ってみるか…」

手紙を読み返しながら電話に手を伸ばす文ちゃん。
その時の笑顔に、写真の奥さんも何だか嬉しそうな表情だった。


それから数ヶ月後…

もらった招待状で俺とくちゃくちゃ女は春の訪れを感じ始めた頃、伊東のホテルまで食事に出掛けた。
もちろん車は俺のタクシーで、だ。

海沿いに立ってた白いホテルの駐車場に車を停めた俺たちは、会長さんの挨拶を受け、見事な海の幸を心ゆくまで楽しんだ。

その後、2人は庭を散歩しようと外に出た。
そこで俺は足を止めてしまった。
海が見えるホテルの広い庭…そこにはあいつが行きたがってた白い石畳みがひかれていた。

「あぁ、あいつも俺たちをここに呼んでくれたんだな。たまには恋もしてねって…」

俺は鼻を少し啜って、あいつにも感謝して、くちゃくちゃ女と石畳みを歩き始めた。


クリスマス・イン・ザ・ブルー 完

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