【映画】「L.A.コールドケース」感想・レビュー・解説

まったく、凄い話だ。公式HPによると、この映画で扱われる事件は、「アメリカ史上最も”悪名高い(ノートリアス)”」と呼ばれているそうだ。

なにせ、アメリカ2大HIPHOPスターの相次ぐ死に、「ロサンゼルス市警」が関わっているかもしれない、というのだから。そして、この映画の主人公ラッセル・プール(ジョニー・デップ)は、刑事を辞めて(辞めさせられて)以降も、家族などありとあらゆるものを失いながらもそんなロス市警の「闇」を独自に調べ続けた実在の人物である。

アメリカではよく知られた事件なのだと思うが、日本人にはなかなか馴染みのない事件だと思うので、まずは状況をざっくり説明していこう(映画だけではよく分からなかったので、Wikipediaで調べた情報も含めている)。ちなみに、この映画で描かれる、ラッセル・プールが捜査に関わる事件は、「ノートリアスB.I.G.」の事件である。

1996年9月13日、西海岸を代表する「デス・ロウ・レコード」に所属するHIPHOPの大スター・2パックが銃撃され、死亡した。それ以前から彼は、東海岸を代表する「バッド・ボーイ・レコード」に所属するノートリアスB.I.G.との様々な対立が噂されており、2パックの銃撃は、「バッド・ボーイ・レコード」側の指示で行われたのではないかという噂も立った。メディアはこれを「東西抗争」と名付けて煽り、両者の関係は益々悪化していった。
そんな状況の中で、1997年3月9日、今度はノートリアスB.I.G.が銃撃されて命を落とす。

当時、ロス市警に属していたラッセル・プールは、しかしこのノートリアスB.I.G.の事件に関わってはいなかった。強盗殺人課に属していなかった彼の担当ではなかったのだ。しかし、ノートリアスB.I.G.の事件の9日後、プールの人生を一変させることになる事件が起こる。

その日、街中で銃撃事件が起こる。事実として、「白人刑事が黒人刑事を射殺した」という事件だ。車に乗った双方が、お互いに刑事だと知らずに口論となった。そして、白人刑事であるライガが「相手が先に銃を抜いた」と主張、黒人刑事のゲインズを撃ち、ゲインズは死亡した。そしてプールは、この事件に初動捜査を担当することになったのだ。

ノートリアスB.I.G.と関係ないはずのこの事件が、どうしてプールの人生を激変させることになったのか。そこには驚くべき理由があった。なんとゲインズは、刑事の傍ら、副業として「デス・ロウ・レコード」の設立者であるシュグ・ナイトの警備を行っていたというのだ。

またプールは思いがけない筋から、「シュグがロス市警を雇っていること」「ビギー(ノートリアスB.I.G.)を殺したのはデス・ロウ・レコードであること」などの情報を得た。

これはとんでもない事実だ。もしかしたら、ロス市警がノートリアスB.I.G.の銃撃事件に関わっているかもしれない、というのだから。

プールは、自身もロス市警に属していたが、真実を追求しようと、プール独自の仮説に沿って捜査を行う。しかし、上司や同僚からの、嫌がらせや妨害としか思えない状況に幾度も直面する。

結局彼は、事件を究明できないまま、年金取得の2週間前に警察を辞めた。そしてそれからも、この事件の捜査を続けている。家族に愛想をつかされても、独自の調査を止めない。

映画は、ノートリアスB.I.G.の事件から18年後の2015年が舞台だ。プールの家に、一人の記者がやってくる。ジャック・ジャクソン。ピーボディ賞を受賞したジャーナリストで、2大HIPHOPスターの死を回顧する記事を担当している。そこで、今も事件を調べ続けているプールに接触してきたのだ。

当初は何も話そうとせず、ジャクソンを追い返すばかりだったプールだが、次第にジャクソンにこれまでの経緯を話始める。それは、彼がライガとゲインズの事件に関わった時から始まる、18年間の長い長い物語だった……。

というような話です。

僕はまったく知らない事件だったので、そもそも「殺人事件にロス市警が関係しているかもしれない」なんていう話も知らなかった。そういう意味でも驚かされた映画だ。アメリカではこの事件はどういう受け取られ方をしているのだろう。一般市民の理解が「単に未解決のまま終わっている事件」という理解であるなら、アメリカ人が観てもきっとこの映画には驚かされるのだろう。

ただきっとそんなことはないだろう。ロス市警が関わっているという理解までは至っていないかもしれないが、少なくともアメリカにおいて、「白人警官が黒人を差別する」というのは常態化している。BLMの運動のきっかけとなった、白人警官が衆人環視の中、黒人を窒息死させた事件は、かなり衝撃的だった。一昔前はもっと苛烈だったのだろう。映画では、「ロサンゼルス市警の警官が黒人を暴行したことで起こったロス暴動」についても一瞬触れられていた。今Wikipediaで調べて初めて知ったけど、その際に暴行された黒人が「ロドニー・キング」というそうだ。映画の中で「R.キング」という名前が何度か出てくるのだが、恐らく彼のことを指しているのだろう。ロス暴動のきっかけになった黒人の名前を知らなかった僕は、「マーティン・ルーサー・キング」のことだと思ってた。彼の場合は「L.キング」となるそうなので、やっぱり別人ですね。

映画の最後には、「アフリカ系アメリカ人の殺人事件の50%が未解決だ」という字幕も表示された。そもそも黒人被害者の事件は本腰を入れて捜査されないのだろう。

以前何かで、黒人差別の度合いは州によっても違うという話を聞いたことがあるので、アメリカ全体がそうなのではないかもしれない。しかし恐らくアメリカ人は、共に黒人だった2パックとノートリアスB.I.G.の死について、「少なくとも警察がきちんと捜査をしていないから未解決なのだろう」というくらいの理解はしているだろう。

しかし実際には、「ロス市警が殺人に関わっているかもしれない」という以上に酷い。ネタバレではないと思うが、映画の最後の方で触れられる話なので、知りたくない方は読まないでほしいが、ロス市警の対応は相当に酷い。

映画の後半で、ノートリアスB.I.G.の妻が登場し、裁判の話になる。ノートリアスB.I.G.の妻はロス市警に対して裁判を起こしているのだが、その裁判は「無効審理」という形でストップしている。ロサンゼルス裁判所が、「ロス市警が証拠を隠している」と判断し、審理の差し止めを行ったのだ。

その後ロス市警はどうしたか。事件の捜査を再び始めたのだ。正確には、「事件の捜査を再び始めたと宣言した」と言った方がいいだろう。実際に捜査が行われているとは思えない。ただ、「捜査中」という名目があれば、警察は証拠を提出する必要がなくなる。つまりロス市警は、「捜査中ということにして裁判を先延ばしにする」というやり方をしているのである。

明らかに隠蔽する気満々といったところだろう。凄まじい話だと思う。

というか、プールがノートリアスB.I.G.の事件について調べる過程で明らかになっていった事実がとにかくヤバい。警官なのに銀行強盗の副業をしているなんて、もはやマンガの世界だろう。日本だって警官が個人的に事件を起こしたり、警察が組織的に何かを隠蔽することもある。あるいは、特に発展途上国なんかの場合だと、警察が悪事に手を染めたり、不正を見逃したりしているなんて話も聞く。しかし、アメリカの警察がここまで狂った状況にあるのは凄まじい。大丈夫か、アメリカ?

根本的には、人種差別問題がある。プールの独白として、「かつてロス市警は全員人種差別主義者だと思われていた時代がある」なんてセリフが出てくるくらいだ。白人による黒人差別には長い長い歴史があるのだろうし、日本人にはなかなか想像し難い部分もあると思うが、にしたって色んなことがちょっと酷すぎるように思う。悪事や不正をすべて無くすことは出来ないにせよ、その温床となっている状態を改善していくことは出来るはずだ。そう思いたい。

ラッセル・プールは、自身もロス市警に属しながら、ロス市警の闇を暴こうとした。その結果彼は、あらゆるものを失ってしまう。しかしそれでも信念を捨てなかった。そういう人間のことが、僕は好きだ。彼の生涯は、要約すると「不遇」と表現されてしまうかもしれない。しかし、運良くというか結果としてというべきか、ジョニー・デップ主演で映画化され、「ラッセル・プール」という気骨ある刑事が存在していたことが日本人の僕にも理解できるようになった。

「悪貨は良貨を駆逐する」と言うが、僕は、たとえ駆逐される側なのだとしても「良貨」の側に留まりたい。そんな風に感じさせられた。

全然関係ないが、ジョニー・デップは元妻との離婚裁判がメッチャクチャ大変だったはずだ。最終的には、有能な弁護士の助けもあって完全勝利したそうだが、一時期はハリウッドから追放かとも言われていた。特に、イギリスで行われていた裁判で敗訴したことで、余計状況が厳しくなったそうだ(つい先日、ジョニー・デップの離婚裁判を取り上げた番組を見たのだ)。

映画『L.A.コールドケース』は、Filmarksの記載では「2018年制作」と書かれているが、既に元妻からDV疑惑が訴えられていた時期だったと思う。よく知らないが、そういうことがあって、公開が2022年になったのだろうか?とりあえず、ジョニー・デップのような才能のある人物が映画界から葬り去られるようなことがなくて良かったと思う。

ざっくりこの映画の感想をチラ見した際みんなが書いているように、とにかく、元刑事のジョニー・デップと、記者のフォレスト・ウィテカーがとても良い。一筋縄ではいかない関係性が最後まで続く、なかなか緊迫感のある2人である。

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